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第9巻 ナナ
Nana, 1880

ナナ 高級娼婦の世界を描き、ゾラが自ら「牡の欲望の詩」と呼んだ双書中の代表作のひとつである。『居酒屋』のジェルヴェーズの娘であるナナはゾラが描く下層階級の女の典型であり、双書の全登場人物の中でもひときわ生彩を放つ。肉体的魅力で上流階級の男たちを破滅させ、最後には自らも天然痘で命を落とすナナの短い人生は、懶惰と放蕩の果てにやがてフランスに訪れる巨大な破滅を予感させる。劇場や競馬場での「ナナ! ナナ!」の叫び、結末の「ベルリンへ!」の繰り返しは圧巻であり、特に後者はフローベールをして「ミケランジェロ的」と評せしめた。
(画像はfolio版の表紙より)→拡大画像(新ウィンドウが開きます)

基礎情報
長さ:398pp(双書中6位)
舞台:1867年4月〜1870年7月、パリ
主人公:アンナ・クーポー(娼婦、15歳-18歳)
資料と分析
章立てと展開
登場人物総覧
抜粋集

あらすじ

 パリのヴァリエテ座、『金髪のヴィーナス』の初公演で、全裸に近い姿で舞台に登場した新人女優ナナ(アンナ・クーポー)は、観客の大喝采を浴び、居並ぶ紳士たちをたちまち魅了する。この成功をきっかけとして銀行家や貴族との交際が始まり、もともと貧しい洗濯屋の娘でありながら、ナナは高級娼婦として上・下層階級の接点となっていく。
 娼婦として上流社会からは半ば軽蔑されながら、それでも有力者の後援を得ているために、ナナの生活は貴族並みの贅沢を極める。高級娼婦たちの存在は貴族の交際関係に絡み合い、次第にその道徳を腐敗させていった。ナナの肉体的魅力と放縦な振る舞いは、皇后の侍従ミュファー伯爵を虜にしたばかりでなく、社交界の貴婦人たちにもじわじわと浸透し、貞淑で名高かったミュファー伯爵夫人サビーヌを新聞記者との密通にはしらせる。
 その一方で、ナナには娼婦としての不幸も待っていた。同僚の男優フォンタンとの同棲と暴力を振るわれる毎日、お金に困り街娼となって過ごす日々、娼婦の摘発に怯える夜、そして女優への復帰、ライバルとの役の奪い合いなど、ナナの人生は迷走を続ける。
 やがてミュファー伯爵の愛人となったナナは、目を瞠るばかりの途方もない濫費と逸楽により、ミュファー伯爵をはじめ、パトロンの男たちを次々と破滅させてゆく。自殺、政略結婚、横領、破産、駆け落ち……。ナナの悪徳は紳士たちを破滅させ、貴婦人たちを堕落させていくのだった。
 ミュファー家の破滅ののち、ナナは突如屋敷を売り払ってパリから姿を消す。あるいはカイロで、あるいはロシアでナナに会ったという者があり、やがてその名が伝説となろうとする頃、ナナがパリに戻って死にかけていることが伝わる。天然痘にかかって見る影もなく醜くなったナナは、普仏戦争開戦の報に接して熱狂する群衆のどよめきを遠くに聞きながら、ホテルの一室で数人の娼婦に見守られて息をひきとる。

主な登場人物

中・下層階級
アンナ・クーポー(ナナ)
 本作の主人公。『居酒屋』のジェルヴェーズの娘である。『居酒屋』では両親を相手にまわして反抗の限りを尽くしたナナだが、本作でも口の悪さは相変わらず。その磊落な性格と肉体的魅力が相まって、類い希な個性を醸し出している。しかし、情にもろいため男に食い物にされる側面もあり、華々しい成功と悲惨な生活との間を行き来する。
ボルドナーヴ
 ヴァリエテ座支配人。なぜか自分の劇場を褒められることが嫌いで、劇場を「わしの淫売屋」と呼ぶことにこだわる。体格が大きく、女優たちをしじゅう怒鳴りつけている豪傑漢だが、不思議と憎めない性格の男である。
ローズ・ミニョン
 ヴァリエテ座の女優で、ナナのライバル。女優としてライバルなだけでなく、貴族のパトロン(情夫)を獲得する上でもしばしばナナと対立する。ヴァリエテ座の「かわいい公爵夫人」のヒロイン役をナナに奪われて激昂するが、結局はナナに仲間意識を持っていたようで、ナナの最期に同情して看取る。
ゾエ
 ナナの小間使い。ゾラの描く小間使いにはけっこう個性的な人物が多いが、ゾエもその一人であろう。ナナにひたすら堅実に仕えて金を貯めた後、独立して娼館をひらくために暇をとる。これといった重要なエピソードはないが、要所要所で、カギとなるような機転のきいた振る舞いを見せる。
サタン
 ナナの寄宿学校時代の旧友。街娼。娼婦の実態に通じており、ナナのフォンタンとの同棲時代に、警察の取締りや上流階級の変わった性的趣味(SM)についての知識をナナに伝授するほか、のちにミュファー伯爵がナナに与えた屋敷に同居し、ナナを同性愛にひきこむ。その後のいきさつはやや不明であるが、どうも死んでしまったらしい。
フォンタン
 ヴァリエテ座の男優で、ナナの愛人となる。ナナと同棲するようになってからはつけ上がり、殴る蹴るの暴力を加え、しまいには別の女を連れ込んでナナを追い出してしまう。もともとはナナがフォンタンにぞっこんになったのであったが、殴られてもフォンタンを好きだとナナは言う。両親に殴られて育ったナナが暴力を好むはずはないので、ここは分析意欲をおおいにそそるところである。
ダグネ
 もとナナの愛人だった、打算的な男。上流階級と下層階級の間を行き来しながら自己の立身出世をはかる。サビーヌにうまく取り入って娘のエステルと結婚。ナナを通じてミュファー伯爵を懐柔してもらい、その代償に結婚初夜を抜けだしてナナに捧げにくる約束を交わすなど、いかにもあくどい。
ルラ夫人
 『居酒屋』に続いて再登場のナナの伯母。ルイ坊やの面倒をみるなどナナをサポートする。小さないざこざはあっても、ナナとはそれなりにうまくやっているらしい。しかし『居酒屋』『ナナ』という「パリの女おちぶれ二部作」(と私が勝手に命名)の両方に登場し、周囲の人物がばたばたと死んでいくなかでこの人だけは卑猥な冗談を言い続けながら最後まで生きのびる。しぶとい。
ルイ坊や
 ナナの子ども。ナナが16歳のときに生んだとされており、父親は不明。はじめ田舎の村の乳母に預けられ、のちにナナが引き取ってルラ夫人が面倒を見ることになる。ナナは可愛がっていたようであるが、自分で育てることはせず、やがて天然痘にかかってあっさりと死んでしまう(享年3歳)。もはや、可哀想とかいう以前の問題であろう。第五世代ルイの死で、マッカール家の系譜はひとつの袋小路に陥る。
 
 

上流階級
ミュファー・ド・ブーヴィル伯爵
 強いて言えば、本作の男主人公。ナナによって破滅した男の筆頭である。奥さん(サビーヌ)は貞淑な美人であったのに、夫婦関係は冷却していたらしい。皇后の侍従という押しも押されもせぬ大貴族でありながら、ナナに魅惑されてその家へ通いつめる姿は、滑稽を通り越して同情を誘う。性欲には負けながら、一方で罪の意識を持ち続けるところがなんとも煮えきらない。
サビーヌ伯爵夫人
 17歳でミュファー伯爵と結婚し、34歳まで浮いた噂ひとつなく過ごしてきた、社交界でも評判の貞淑な貴婦人。ということになっているが、この種の人にありがちなように、要は自分の欲求を抑圧してきただけである。夫がナナに入れあげたのをきっかけに自分もフォシュリーと通じ、さらにはある大デパートの売場主任と駆け落ちするなど奔放な振る舞いに転じる。家は破産しても、それならそれでけっこうよかったんじゃないのかと私は考えるのだが、結局この夫婦は互いの財産目当てで、いつまでも別れる気はないらしい。
ジョルジュ・ユゴン
 ナナとほぼ同年齢の貴族の少年。祖母であるユゴン夫人にかわいがられているが、ナナに惚れ込んでユゴン夫人を悲しませる。カップルとしてはいちばん釣り合っていると思われるジョルジュとの間に、ナナは一時期、素朴な娘らしい恋愛関係をもつことになる。だがそれも長くは続かず、結婚の申込みをナナに拒まれたジョルジュは自殺をはかる。17歳そこそこのくせに貴族の子弟を気取っている。
グザヴィエ・ド・ヴァンドゥーヴル伯爵
 やや孤立癖のある貴族。所有する競走馬ナナをパリ大賞で勝たせるために、その実力をレースの日まで故意に隠し続けた。競走馬ナナはレースで優勝するが、この策略が不正とみなされて彼は競馬協会を除名され、絶望して焼身自殺する。一説では秘かに生き延びて姿をくらましたとされるが、真偽は不明。本作に登場する貴族のなかでは、ナナと寝たことのない数少ない男のひとりで、私は個人的にはけっこう好きである。
フォシュリー
 エクトールの従兄の新聞記者。物語冒頭から姿を見せ、その後もナナの舞台の批評記事を書いたり、サビーヌを誘惑して最初に不倫に走らせたりと、けっこう色々と活躍しているのであるが、いまひとつ存在感が薄い気がする。なお、ナナを「金の蠅」と最初に形容したのはフォシュリーである。
エクトール・ド・ラ・ファロワーズ
 社交界に出てきたばかりの青年貴族。最初は「金持ちの色ボケ坊ちゃん」的役どころに見えるが、じきジョルジュというより強烈な人物が出てくるので、その点では影が薄くなる。といっても、女優クラリスとの愛人関係を破棄してほとんど老年に近いガガに乗りかえるなど、もはや常人にはついて行き難い対人関係を保有している。
シュワール侯爵
 一言でいうと偽善者ということになろう。慈善事業とかいって寄付を集めたりしているが、実は頭の中にあるのは金と女。もう老人であるにもかかわらず色欲はおとろえず、3万フラン出してガガの娘のアメリーを買う(か、買うって……)。また物語の結末ちかく、この爺さんがちょうどナナの下半身にうずくまっているところに、義理の息子で正規の(?)愛人のミュファー伯爵が現れるのである。もう、目も当てられない醜状と言うほかはない。
 
 

翻訳文献

本作は知名度が高く、翻訳も多い。訳文の質と解説の充実を考えると中央公論社版を手に入れるのが理想的であろう。河出書房版には家系樹が訳出されており貴重。また、三好達治訳も興味深い。

 書名訳者発行所発行日訳文備考
 「ルーゴン=マッカール叢書」セレクション5 ナナ宇高伸一本の友社1999/06/10C
大正11年新潮社版の復刻
推薦新集世界の文学22 ゾラ平岡篤頼中央公論社1968/12/10A挿絵、解説、年譜
 世界文学全集16 ゾラ山田稔河出書房新社1967/03/15A家系樹、年表、解説
『クロードの告白』を併録
 ナナ(上・下)川口篤・古賀照一新潮文庫(上)1956/05/25
(下)1959/12/25
B下巻にあとがき
 ナナ(上・下)田辺貞之助・河内清岩波文庫(上)1955/06/05
(下)1955/09/05
A下巻にあとがき
 女優ナナ三好達治雄鶏社1955/05/20Bあとがき
訳文:A=現代的かつ平易・B=やや古いまたは生硬・C=非常に古い

関連事項

DATA:『ナナ』
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