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第13巻 ジェルミナール
Germinal, 1885

ジェルミナール 炭鉱労働者の悲惨な実態と激しい労働運動を主題とした、後期ルーゴン・マッカールを代表する傑作。『居酒屋』のジェルヴェーズの三男エチエンヌを中心に個性的な人物を多数登場させながら労働者の生活に迫るとともに、人間を呑み込む巨大な炭坑の不気味な姿を余すところなく捉える。ゾラの得意とする群衆描写、特に社会変革に向けての、奔流のような群衆のエネルギーを見事に描き出した重要な作品であり、ゾラの最高傑作と呼ぶにふさわしい。「ジェルミナール(芽生え月)」の表題のとおり、革命の芽生えを予感させる感動的な結語は名高い。
(画像はfolio版の表紙より)→拡大画像(新ウィンドウが開きます)

基礎情報
長さ:483pp(双書中2位)
舞台:1867年3月〜1868年4月、北仏モンスー(架空の炭鉱町)
主人公:エチエンヌ・ランチエ(炭坑夫、21-22歳)
資料と分析
章立てと展開
登場人物総覧
抜粋集
固有名詞索引

あらすじ

 リールで職を失った機械工エチエンヌ・ランチエは、炭鉱の町・モンスーに職を求める。モンスー炭鉱会社が運営するヴォルー炭鉱で働く坑夫マユの一家と知り合ったエチエンヌは、マユの娘カトリーヌの陽気さに惹かれ、炭坑で働くことを決心した。坑内の仕事は苛酷であり、坑夫の妻たちにも生活の苦労が絶えない。だが、この愚昧と悲惨の現実に対し、会社や土地の名士たちの認識は浅く、たまに施しをすれば労働者たちはありがたがって満足するだろうという程度にしか考えていなかった。こうして、会社と坑夫たちとの間で対立が強まっていた。
 ロシア人アナーキスト、スヴァーリンの影響を受けて社会主義思想を学んだエチエンヌは、採炭夫として経験も積み、坑夫町で次第に発言力を持ち始める。彼の提案でストライキのための予備基金が設立されるが、同じころ会社は賃下げを強行し、モンスーの労働者たちはストライキに突入する。会社側と坑夫たちの交渉は決裂しストライキが長期化するなかで、坑夫たちは不満を強め、ついに怒り狂って炭坑施設を襲撃する。この暴動を口実に坑夫は大量解雇され、モンスーには軍隊が出動して炭坑の防衛にあたるまでに至る。極限まで達した緊張のなか、兵士たちは怒り狂う坑夫の集団に発砲し、多くの死者を出した。
 ストライキの敗北が決定的となったことを悟ったスヴァーリンは、ヴォルー坑内に破壊工作を施す。これにより地下水脈が破裂してヴォルー坑はすさまじい壊滅を遂げ、運悪く坑内に閉じこめられたエチエンヌとカトリーヌは絶望的な十数日を過ごす。暗闇の中で二人はついに結ばれるが、ようやく救出されたときにはカトリーヌは死んでいた。エチエンヌはこの挫折を悲しみながらも、革命の芽生えを信じて、政治に身を投ずるべくパリへ去る。

主な登場人物

マユ家・ルヴァク家 人物相関図
労働者側
エチエンヌ・ランチエ
 本作の主人公、もと機械工。『居酒屋』のジェルヴェーズの三男である。酒を飲むと人を殺したくなるという遺伝的性格と戦いながら、労働者の解放をめざす。完全な人間でも人並みはずれて優秀な指導者というわけでもないが、独学を続けながら真理にめざめていく。『ルーゴン家の繁栄』のシルヴェール少年を思い出させる。
カトリーヌ
 坑夫マユの娘。15歳にしてすでに運搬婦として炭坑で働いている。ブルジョワの一人娘セシールと好対照をなす人物である。日の光にあたらないので発育は遅く、エチエンヌに男の子と間違われたりする。実際、このとき彼女はまだ初潮を迎えていない。従順だった彼女が、激昂する群衆に同化して兵士に煉瓦を投げつける場面は感動的である。
ボンヌモール
 足の悪いマユの父親。長年ヴォルー坑で働いたのち、五年前から炭坑の馬方となる。石炭が体に染みこんでしまったかのように、黒い痰を吐く。生涯にわたる労働の引き替えに彼が得るはずだった、会社からのわずかな年金は、彼がストライキに参加したことであっさりと撤回されてしまう。このおとなしい老人が物語の最後に犯す「白痴の犯罪」は、本作の主題を象徴する重要な事件である。
マユ
 善良でまじめな採炭夫。過激な主張をしないので会社からの評判も良く、そのためにストライキではエチエンヌとともに会社との交渉役にあたる。彼の控え目な申し出はまったく正当であり、エンヌボーがその要求を拒んだとき、ヴォルー炭坑の悲劇は運命づけられたのだといえよう。
マユの女房
 マユとの間に七人の子どもを生み育てた、典型的な炭鉱の女。貧乏に打ちのめされる坑夫の妻から分別ある労働者意識に目覚めた炭坑婦へと、この作品を通じてもっともめざましい変化を遂げる人物のひとりである。結末において、今度こそは大きな打撃をあたえてやろう、という無言の約束をエチエンヌとの間に交わす姿はまことに頼もしい。
ザカリ
 マユ家の長男。フィロメーヌと結婚して早々に新所帯を構えてしまい、ザカリの稼ぎをあてにしていたマユの女房をがっかりさせる。いつもムークなどと連れ立ち政治的には日和見的だが、カトリーヌが坑底に閉じこめられた時には兄としての愛情に駆られて懸命に救助にあたる。だが、救助作業を急ぐあまり危険を顧みず、事故死。
ジャンラン
 マユ家の次男。本作随一の悪童であり、ベベールとリディを指揮してわるさの限りをつくす。のち落盤事故で重傷を負うも一命をとりとめる。レキヤール廃坑の奥にねぐらを作り、あちこちの商店からかっぱらった戦利品を隠している。ストが長期化するなか、歩哨に立っていた新兵ジュールを明確な理由もなしに殺害。ある意味、たくましい少年ではある。
アルジール
 マユ家の次女。マユ家の子どもたちのうち炭坑に働きに出ていない子どもとしては最年長であり、9歳にしてマユ家の主婦役を務める。学校にも行けず栄養も十分でないのに、文句ひとつ言わずに働き、過労と飢えと寒さから病にかかり、死んでいく。『居酒屋』のラリーを思い出させるような、完璧に罪のない少女である。
ルヴァク
 マユの隣人。物語開始当初はマユとともに組をつくってヴォルー坑の同じ切羽で働いている。あまり目立つことのない、ごく普通の貧しい坑夫であり、発砲事件の際に逮捕されること以外はいまひとつ印象が薄い。
ルヴァクの女房
 マユの女房の話し相手、かつ喧嘩相手。同居のブートルーとの間に関係をもっているという中傷を流されているが、これは真実ではないようである。亭主と同様、作品中での印象はあまり強くない。
ブートルー
 ルヴァク家に同居する土工。採炭夫であるルヴァクが昼勤なのに対して土工は夜勤なので、二人の男は同居することができるのである。ストに対しては、どちらかというと日和見的な立場にいる。
フィロメーヌ
 ルヴァク家の娘。ザカリと関係をもち、すでに二人の子を出産している。食い扶持を減らしたい母親の意向もあってザカリとの正式な結婚を望んでいる。ザカリが死ぬといっときは涙を流すが、すぐに立ち直る。まあ、こんなもんであろうか。
ベベール
 ルヴァク家の息子。ジャンラン一味の最年長だが、グループ内での立場は弱い。虐げられる者としての同類意識からかリディとくっつき、発砲事件のさい彼女と抱き合って死ぬ。
ピエロン
 マユ家の向かいに住む坑夫。スト破りの裏切り者で、エンヌボーと通じスパイ的役割を果たす。その代償に、彼の家はストライキ中でも食料を確保できるのである。
ピエロンの女房
 ピエロンとともに夫婦そろって卑屈者。夫の黙認のもとで監督頭ダンセールと情を通じて生活の安全を確保し、おしゃれや室内装飾など、みみっちい贅沢を尽くし、マユの女房らを中傷する。
ブリュレ婆さん
 ピエロンの女房の母親であるが、娘夫婦とは対照的な反逆的な老婆。思想よりも生活態度そのものが過激であり、メグラの死体から男性器を素手でひっこ抜くという凄惨な所業に及ぶ。
リディ
 ピエロンの先妻の娘。ジャンランの子分であり、殴られ、こき使われる。乱暴な労働者家庭の女をそのまま小さくしたような立場であり、ベベールとともに殺される不遇な少女。
ムーク
 レキヤール廃坑に住むボンヌモール爺さんの親友。ヴォルー坑で馬丁をつとめ、バタイユ(坑底で働く馬)のことを知り尽くしている。ボンヌモールとともに、黙々と労働に耐える古風な労働者。
ムーケ
 ムークの息子。ザカリと友人で、いつもいっしょに飲み歩く。ストに対する態度もザカリと同様、日和見的。けっこう頻繁に登場するわりにはこれといった活躍はない。
ムーケット
 ムーケの妹。坑夫のうちでも評判の奔放な娘で、気が向きさえすればあれこれの坑夫と気軽に関係をもつ。ストライキにはお祭り気分で参加。彼女が人を侮辱するときの得意技は、いきなり尻を見せることである。
シャバル
 ヴォルー坑で働く炭坑夫。カトリーヌに目をつけており、物語のはじめからエチエンヌとライバル関係に立つ。カトリーヌを犯して無理やり同棲させるが、ごくまれに優しい振る舞いも見せる。坑底でエチエンヌに殺される。
ラスヌール
 酒場アヴァンタージュ軒の主。もと採炭夫。エチエンヌが登場するまではモンスーにおける労働者運動のリーダー格で、漸進的改良による労働者の解放を信じている。発砲事件後、支持を回復。
プリュシャール
 エチエンヌのもと上司で、リールの労働者運動の指導者。職業革命家で、煽動に長ける。実際の出番は一度きりであるが、物語の最後でエチエンヌを呼び寄せ、政治の世界に引き込むことになる。
ランヴィエ師
 モンスーに赴任してきた過激な説教をする司祭。彼の思想は急進的カトリシズムで、資本の搾取に対して神の天罰が下ると信じている。だが、ストライキ中の労働者にはあまり支持されていないようである。
ジュール
 プロゴフ出身の新兵。軍隊による労働者の鎮圧政策に疑問を抱きつつも、命令に対しては従順に従い、モンスーの歩哨を務める。雇われ兵士の葛藤の体現者であり、帰郷を夢見るが意味もなくジャンランに殺害される。
スヴァーリン
 ロシアから亡命してきた、少女のような顔をした金髪のアナーキスト。バクーニンの影響を受けた彼の思想は作中もっとも過激なものだが、その陰には傷ついた魂が見え隠れする。ヴォルー坑の生命を絶った作中随一の破壊の体現者。

資本家側
エンヌボー
 モンスー炭鉱会社総支配人。本作における資本家側の利益の代弁者。妻の不貞に苦しみ満たされない性的欲求に煩悶して労働者たちをうらやむ点では、彼もまた悩み傷つく一人の人間ではあるが、あまり同情はできない。
エンヌボー夫人
 甥と密通して無為の生活に明け暮れる、呆れはてるほど無能な貴婦人。労働者の生活の実態についてはうわべだけのいい加減な知識しかなく、会社が彼らを幸せにしてやっていると本気で信じている。
ネグレル
 エンヌボーの甥でモンスー炭坑会社技師。叔母と密通しながら婚約者をつくるなど不誠実な行動も目立つが、懐疑主義的な傾向があり、また炭坑自体は愛しているので、危険を顧みず坑内に入っていくこともある。
グレゴワール
 モンスー炭鉱会社に出資している小株主。想像力を欠いたプチ・ブルジョワの典型。先祖が苦労して得た金を投資しているので労働者に対して後ろめたいところはない、というのが彼の言い分である。
グレゴワール夫人
 そこそこに豊かな生活と娘の幸せな結婚だけを気にかけている婦人。労働者には親切な心で施しをしてやれば満足するだろうというのが彼女の世界観の基礎である。
セシール
 両親に大切に育てられたのでまるまると太った、色白のふくよかな娘。労働者の悲惨に対してはドヌーランに次いで責任が軽い人物であるが、その彼女が殺されてしまうというのが、この階級対立の皮肉な帰結であろう。
ドヌーラン
 ヴァンダーム炭鉱会社の所有者。坑夫の環境改善のためにできる限りの譲歩をするが、まさにそのために、経営が悪化してモンスー会社に買収される結果に終わる。
ダンセール
 ヴォルー坑の監督頭のベルギー人。ピエロンの女房と寝る代わりに、ピエロン家に特別の便宜をはかってやる。エンヌボー→ダンセール→ピエロンというのが資本家側のスト妨害ルートである。
メグラ
 典型的な中間搾取者の小商店主。金に窮した坑夫たちに妻や娘を提供させて高利貸しをしている。坑夫の暴動の際に報復を恐れて屋根づたいに逃げようとし、足を踏み外して転落死。
 
 

翻訳文献

本作は有名な作品であり、翻訳も複数ある。河内訳が最も読みやすい。

 書名訳者発行所発行日訳文備考
 「ルーゴン=マッカール叢書」セレクション8 ジェルミナール伊佐襄本の友社2000/07/10C昭和5年平凡社版の復刻
推薦ジェルミナール(上・下)河内清中公文庫1994/07/10A下巻に解説
推薦世界の文学23 ゾラ河内清中央公論社1964/05/12A挿絵・解説・年譜
 ジェルミナール(上・中・下)安士正夫岩波文庫(上)1954/08/25
(中)1954/09/05
(下)1954/09/25
B下巻に解説
訳文:A=現代的かつ平易・B=やや古いまたは生硬・C=非常に古い

関連事項

DATA:『ジェルミナール』
この作品を原文で読む:[ ATHENA | Gallica Classique ]
この作品を英訳で読む:Eldritch Press
学生向け読書ガイド(Paul Brians氏):Paul Brians

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