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18巻『金銭』

L'Argent, 1891 DATA:『金銭』
金銭
 富裕層と権力者の不正と腐敗を描き、来たるべき帝政の崩壊を予感させる金融界小説。金をめぐる人々の欲望が交錯し怪物的な熱気に支配されるパリ証券取引所を舞台として、ルーゴン家系における物欲の権化アリスティドの不敵な暗躍と、虚実渦巻く金融界の内実を暴露する。商法を無視した粉飾決算と世論煽動に基づく実体のない株価急騰のからくりを追究しつつ、ゾラは小投資家たちの蓄財を一瞬にして灰燼に帰せしめる株価大暴落の瞬間を写し取った。金銭の魔性がもたらす欲望に圧倒され破滅してゆく人々の姿は、資本主義社会における殺戮の叙事詩とでもいうべきものを織りなしていく。
舞台設定
時: 1865/05-1869/04
場所: パリ
主人公: アリスティド
職業: 銀行家
資料と分析
プレイヤード版で392pp
12
登場人物89
抜粋集
株価の推移
あらすじ

 事業の失敗から無一文となったパリの投資家アリスティド・サッカール(52)は、ユダヤ人銀行家グンデルマンが支配するパリ金融界の現状に不満を抱いていた。東欧帰りの技師アムラン(38)と知り合ったサッカールはフランス資本によるトルコ経済開発の構想を抱き、事業に出資するための銀行設立を決意する。パリ証券取引所に出入りする老獪な投資家や、通信大臣である兄ウージェーヌの協力を得て、新興「万国銀行」が設立された。
 事業に打ち込む熱心さと情熱的な人柄によって、サッカールと万国銀行は株相場に関わる多くの人々を惹きつけていく。家産の復興を願う没落貴族や、長年の稼ぎを株につぎ込む小職人など少額株主の人気をも集めながら、銀行は順調に発展していった。アムランの妹で秘書としてサッカールを補佐するカロリーヌ(37)もまたサッカールの情熱的な活躍に魅せられ一時は愛情を抱くが、やがてサッカールの身上を知るにつれて、彼の隠された側面をも知るようになってゆく。
 金銭をひたすら増やすことに並はずれた情熱を抱くサッカールは、自分の成功のためなら手段を選ばない男であった。新聞社を買収しての株価誘導、政界の情報網を利用した抜け駆けのほか、資金調達のための株式仮想払込みなど商法違反行為をしてまで株価を釣り上げようとするサッカールのやり方にカロリーヌは危惧を抱き始める。隣人の娘に子を産ませて逃走したというサッカールの過去をも知ったカロリーヌは、彼への尊敬と嫌悪に引き裂かれて苦しむが、彼女の苦悩をよそに万国銀行株は高騰を続け、設立から2年で株あたり3000フランという驚異の高値を達成する。
 しかし株価操作によって作られた不自然な騰貴は長くは続かず、ある日、万国銀行株は突然の大暴落を遂げる。最後まで万国銀行株を持ちつづけた小株主たちはことごとく破産し、自殺や夜逃げの憂き目に陥る。粉飾決算の責任を問われたサッカールとアムランは懲役を宣告されるが、国外退去によって刑を免れたサッカールは累々たる屍を後に残して、ベルギーでの再起を図るのであった。

主な登場人物

主要人物相関図

(1)主要人物とその周辺

アリスティド・サッカール Aristide Saccard
 本作の主人公、万国銀行支配人。元来の姓はルーゴンだが、改姓してサッカールと名乗っている。金のためなら何でもする男ではあるが、卑屈なところはなく、強い野心と情熱に相応するだけの行動力をも併せ持つ。欲望に取りつかれた生命力過剰な人物の典型で、ルーゴン家系の中心的存在と言える。

カロリーヌ・アムラン Caroline Hamelin
 ジョルジュの妹、四か国語と経済、哲学に堪能な才女。19歳で年上の酒造家と結婚するが虐待されて別居中。兄の勉学を助けるために東欧へ同行して家庭教師をしたりしていた苦労人で、まだ30代なのに髪が白い。サッカールと兄の連絡役として八方に気を配り、万国銀行の不正行為にも頭を痛めながら、サッカールへの愛情のために葛藤するという、本当に気苦労の絶えない健気な女性。

ジョルジュ・アムラン Georges Hamelin
 東欧帰りの土木技師。妹のカロリーヌと二人暮らし、気が弱い。トルコの経済開発の腹案を抱いてパリで資金集めをしていたが、サッカールと知り合ったために万国銀行頭取の地位につかされる。その事業計画は有望だったのだが、サッカールの無謀な投機のせいでとばっちりを食らって責任を問われ服役。

マクシム・サッカール Maxime Saccard
 サッカールの最初の妻の息子。金銭欲は父から受け継いでいるが、父とは対照的に無為享楽的で、強い情熱を持たないシニカルな青年。父の華々しい(一時的)成功にも、異母弟ヴィクトルの存在にも平然たる無関心を示す。人当たりはいいものの総じて倦怠に支配され、ルーゴン家系の頽廃の始まりを暗示する。

ヴィクトル・サッカール Victor Saccard
 サッカールがむかし隣人の娘ロザリーを手込めにして産ませた子。金の亡者メシャンに引き取られて手に負えない野生児となっている。カロリーヌが保護して養育院に預けるがその獣性は直らず、16歳にしてボーヴィリエ家の令嬢アリスを強盗強姦して失踪、以後の消息は不明

(2)取引所関係

グンデルマン Gundermann
 フランス金融界に圧倒的な影響力を行使するユダヤ人の大銀行家。投資家としてはサッカールと対照的に慎重・理性的で、万国銀行株高騰の流行には決して乗らない。サッカールはグンデルマン打倒を夢みて万国銀行株を騰貴させるが、逆にグンデルマンが糸を引く売り攻勢に遭って破滅してしまう。

ダイグルモン Daigremont
 投資家。万国銀行取締役、また最大の出資者のひとり。相場の動向の観察が的確なので小投資家たちから追従されることが多いのだが、沈みかかった船からいち早く逃げ出すタイミングの見きわめも絶妙であるため、いつも自分だけは決して損をしない。この男が売りに転じたことがきっかけとなって万国銀行株の暴落が始まる。

マゾー Mazaud
 伯父から事業を継いだ株式仲買人の二世。ずる賢さにやや欠け、サッカールやダイグルモンを信頼して最後まで万国銀行株を買い続けたため、最終的に1200万フランもの不良債権を抱えて破滅。さらに雇っていた事務員に店の金を横領され、万策尽きて5歳と3歳の子どもを残して自殺する。本作中もっとも悲劇的な犠牲者。

サンドルフ男爵夫人 la baronne Sandorff
 証券取引に熱中する20代半ばの美人。35歳年上の夫はオーストリア大使館の参事官で、けち。有利な株情報を入手するために取引所の事情通と愛人関係を結ぶ。一時サッカールとも関係し万国銀行の有力な出資者となるが、のちサッカールに冷遇された腹いせにグンデルマンに内通、万国銀行の内情を洩らしてグンデルマンの攻勢のきっかけを作る。

サバタニ Sabatani
 パリ証券取引所に出入りする素性の怪しい青年。企業の脱法行為に加担した報酬で生計を立てる。サッカールはこの男を飼いならして、サバタニの名義で自社株の保有や資本の架空引受けといった不正行為をおこなった。万国銀行の破産が決定的になると、受渡日の前日に大金を持って失踪してしまう。

ビュシュ Busch
 有価証券の取立て代行・転売業者、ユダヤ人。破綻した会社の株を安く買い集めて転売利益を得たり、個人の借り証文を法外な利息・費用とともに執拗に取立てたりして金を稼ぐ。メシャン婆さんとコンビを組んで非公式な取引の場で活躍する。陰湿で過酷な手腕のため債務者たちから嫌われているが、弟シギスモンドだけには利害を超えた愛情を注ぐ。

メシャン婆さん la Méchain
 ビュシュと連携して破綻会社の株を二束三文で買い集める老女。従妹の遺児ヴィクトルを引き取って養っていたが、それがサッカールの子だとわかるとほとんどゆすり・たかりに近い手法で金を取ろうとする。黒いボロをまとって取引所付近を徘徊する姿はまさに死肉を漁るカラスのようである。

(3)小株主たち

ボーヴィリエ伯爵夫人 la comtesse de Beauvilliers
 サッカールのアパートの隣に住んでいる没落した貴族。夫伯爵が浪費のあげく死んだ後も体裁にこだわり、隠れて倹約しながら外面は貴族的な生活を続ける。娘のアリスの持参金を作るために最後の地所を担保に入れて万国銀行株を購入するが、万国銀行破綻によってすべての財産の失った。

デジョワ Dejoie
 カロリーヌの夫のもと使用人。カロリーヌのつてを頼って万国銀行出資の新聞社に就職。娘ナタリーの結婚資金を作るためになけなしの貯金で万国銀行株を購入して十分な儲けを上げるが、欲を出したために売り時を逸して財産を失う。縁談の壊れたナタリーは別の男と駆落ちしてしまう……。

(4)政界

ウージェーヌ・ルーゴン Eugène Rougon
 サッカールの兄、政界の有力者で現通信大臣。作中では単にルーゴンと称される。財界であれこれトラブルを起こす弟には多少辟易しており、サッカールとはやや疎遠な関係。サッカールは事業の円滑化のために兄の保護と援助を得ようとするが調整に失敗し、逆に倒産の際に見捨てられる。現実に姿を見せることはないが本作の重要な黒幕のひとり。

ユレ Huret
 ウージェーヌの後輩の代議士。サッカールがルーゴンと接触しようとするための仲介役をつとめるが、ルーゴンからは叱責され、サッカールからは不信の目で見られるという、板ばさみの苦しい立場に置かれる。とはいえ持ち前の二枚舌で結構うまく立ち回っており、政界・財界を股にかけてそつなく生き延びる。

(5)文筆関係

ポール・ジョルダン Paul Jordan
 万国銀行系の「希望」紙に寄稿しつつ小説を売込み中の作家で、明らかにゾラ自身がモデル。投機嫌いで、株価高騰の喧騒をよそに「7フランあれば二日は暮らせる」などと生活を心配しているのが笑える。ところで『制作』のサンドーズもそうだが、双書においてゾラがモデルになっている人物にはかならず賢妻がいる。もしかしてゾラは恐妻家?

ジャントルー Jantrou
 「希望」紙主幹。サッカールの意を受け、記事を通じて万国銀行に有利な世論誘導を行う。かつて仲買としてサンドルフ男爵夫人の用ききをしていたため彼女に屈折した愛情を抱いているが、サッカールの腹心となって立場が逆転したので、株価情報の提供を餌に愛人となる。夫人にグンデルマンへの寝返りをそそのかした。

シギスモンド Sigismond
 ビュシュの病弱な弟。ロシア語、ドイツ語をよくし、カール・マルクスの思想に心酔する学者。社会主義の実現による金銭の消滅を待望しており、金融の独占という見地から万国銀行の発展には肯定的な側面を見出す。自分の研究の公刊を熱望しつつ物語の最後で息を引き取り、マゾーの死、ヴィクトルの失踪とともに本作の閉幕を飾る。

(6)ルーゴン家系にかかわる人々

クロチルド・サッカール Clotilde Saccard
 サッカールの娘でマクシムの妹。本作の時期には14歳前後のはずである。プラッサンで伯父のパスカルに厄介になっているとされ、これが最終巻『パスカル博士』へ向けた伏線をなしている。母が死んで以降マクシムとクロチルドは一回しか会ったことがなく、このためクロチルドは頽廃的なサッカール家の影響を免れるのであろう。

パスカル・ルーゴン Pascal Rougon
 ピエール・ルーゴンの次男でサッカールの兄。プラッサンで医師をしている。時期的にいうと、ちょうどリザルトゥに住む甥のセルジュと頻繁に交通をもっている頃である(第5巻『ムーレ神父の罪』)。

ルネ Renée
 サッカールのすでに亡き二度目の妻。マクシムにとっては義理の母にあたるわけだが、実際にはマクシムよりわずかに年上なだけである。「僕にとっては(……)まるで仲のよい友達でした」とマクシムは言うが、この二人の間には愛人関係があった。

ロザリー・シャヴァイユ Rosalie Chavaille
 1852年ごろサッカールが手込めにして障害を負わせた娘(当時17歳)で、ヴィクトルの実母にあたる。ヴィクトルを産んだのち、賠償を約束したサッカールに逃げられ娼婦となって27歳で死去。ヴィクトルはメシャン婆さんに引き取られて後にサッカールをゆするネタとなる。

双書における位置づけ

【山師アリスティドの成り立ちとサッカール家の腐敗・貪欲の家系ルーゴン家の起源】 本作の冒頭において主人公サッカールはすでにいちど事業に失敗し、ほとんど無一文の状態から再起を企んでいるところであるが、サッカールを貧乏にしたその最初の失敗を扱ったものが第2巻『獲物の奪い合い』である。本作がユニオン・ジェネラル銀行の破産に題材をとっているのに対し、第2巻はオスマン計画によるパリ改造を舞台にしており、いずれもサッカールの無節操な資金運用やサッカール家の乱脈な親族関係を浮き彫りにする。また第1巻『ルーゴン家の繁栄』まで遡れば、ルーゴン家系の主潮流をなすサッカール一家の腐敗ぶりを源からたどることができよう。
【政界の実力者ウージェーヌの暗躍】 本作には政界の実力者として現れ、実際には姿を見せないもののストーリーの展開に大きく関わってくるアリスティドの兄ウージェーヌ・ルーゴンの活躍は、第6巻『ウージェーヌ・ルーゴン閣下』に詳しい。貪欲の化身ピエールの長男ウージェーヌと三男アリスティドの物語を併せ読むことで、第二帝政下で立身を遂げるルーゴン家系の人々のゆくえを通覧することができる。なお、ウージェーヌの若き日の暗躍も第1巻に扱われている。
【欲望のるつぼとしての近代商業組織】 人間の意図を超える圧倒的なエネルギーをなんらかの無生物に仮託することは双書全体に共通するモチーフであり、それは本作では、人々の欲望と人生とを呑み込み押しつぶすパリ株式取引所の喧騒に現れている。本作での無生物とは、取引所の「建物」よりも証券取引という「社会制度」がそれにあたると言うべきであろうが、そう考えると、第11巻『ボヌール・デ・ダーム百貨店』が似た傾向をもっていると考えられる。第11巻もまた、デパートの繁栄を前景としつつ、大規模商業の力強い前進に現代社会の特徴を見出しているからである。

翻訳文献

本作には、大正10年の翻訳がある。飯田旗軒訳は講談ふうの文体でやや「創訳」的なところがあり、部分的に脱落もあるが、文章そのものは平易であり、旧漢字や当て字に慣れればけっこう読みやすい。ただし訳者注の一部にユダヤ人に対する偏見がみられ、ゾラを反ユダヤ主義者と注釈するなど事実誤認と思われる点もあるので注意を要する。

訳文古・入手難 「ルーゴン=マッカール叢書」セレクション13 金 (飯田旗軒、本の友社、2000/07/10)
  序、「佛國議会に於けるゾラ國葬討議」/大正10年大鐙閣版の復刻

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