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本作の主人公。つい数か月前までボース地方で農民をしていたことは第15巻『大地』に詳しい。かろうじて文字が読める程度の彼は農村ではインテリの部類だが軍隊では無学なほうに属する。単純なゆえに剛毅な魂と兵士としての実践的な知恵を持つジャンは、双書でも随一の不屈の男であり、希望の担い手のひとりである。
ル・シェーヌ出身の青年。軍の新兵でジャンの親友となる。パリでの放蕩によって姉にかけた経済的負担を清算するために兵役に志願した。教育があるためか戦争の必然性や必要性についても漠然とした観念を抱き、戦争の中に生命力の発露をも見てとる。熱狂的な厭世家ではあるが、意外と単純な側面ももつ。要するにまだ若い。
モーリスの双子の姉、ブロンドの美人。まるで空気に愛撫されてでもいるかのように音をたてずに静かに歩き、親切と誠意をもって客をもてなす。モーリスにとっては頼れる姉、ジャンにとっては触れてはならぬ女神のような存在。しかし帰らぬ夫を捜しに砲弾の下を駆け抜ける勇気をも発揮するという、稀有な女性。
アンリエットの夫、ドラエルシュの織物工場の職工長。眼がわるいのだが、かなり年下の妻を魅惑するのに都合が悪いので普段は眼鏡をかけないようにしているというお茶目な一面を持つ。セダンの地理に明るく、市民ながら戦況を最もよく理解し将軍に進言するのだが容れられない。バゼイユの戦闘でも活躍し、死なせるのが惜しい人材であった。
4歳の時からフーシャール爺さんにひきとられて働いている少女。死んだロークールの女工の私生児だった。オノレと恋仲になるがフーシャール爺さんに結婚を反対され、オノレの出奔ののちプロシア人ゴリアートに誘惑されてシャルロを産む。彼女の恋人・息子・その父の人間関係が、戦争がもたらす悲劇の極致を織りなしていく。
セダンの織物工場主で町の有力者。母親に甘やかされて育った一人息子。50歳を過ぎてからマジノ未亡人ジルベルトの魅力に惹かれて結婚するも、妻の情事には気づいていない。最大の気がかりは自分の財産だということが言動のはしばしに窺える。悪人じゃないんだけれど、ちょっとおめでたい単細胞ブルジョワ。
ルミリーの農民。計算高いというか単にけちな親爺で、ドラエルシュとはまた別の意味で財産への執着が強い。安く買った牛を高く売って儲けた程度のことに得意になるタイプ。セダンの戦い後は伝染病にかかった馬をプロシア軍に売りつけて、これが自分の愛国心だなどと放言するが、どこまで本気かわからない。
ドラエルシュのかなり年下の妻、もとマジノ夫人。ド・ヴィヌーイユ大佐の姪。彼女の夫の部下の義弟(モーリス)が軍の中で便宜を受けられるのはこの人脈のおかげである。ボードワン大尉とは旧知の間柄で、夫に内緒で逢い引きしているが罪悪感はない。『愛の一ページ』のジュリエットによく似ている。
フーシャール爺さんの息子。予備砲兵隊の軍曹で、自分の大砲をいとおしむ。家に引き取られた孤児シルヴィーヌとはかつての恋人で、今回の行軍中に再会して誤解が解け、別の男の子を産んだシルヴィーヌを赦し、結婚を申し込む。だが、その二日後の戦闘においてプロシア軍の砲撃を受け戦死。
もとフーシャール爺さんの作男。シルヴィーヌとの結婚を反対されたオノレが出奔したあと、沈み込むシルヴィーヌを巧みに口説いて関係を持つ。彼女と結婚すると称していたが出産の直前に逃げ、今はプロシアのスパイ。戦後、シルヴィーヌをゆすろうとしたためギョームらの私刑を受け惨殺される。
106連隊に所属する軍医。セダン戦後、ドラエルシュ邸を借りて野戦病院とし、傷病兵の治療・手術にあたる。物語の展開の上ではそれほど重要人物ではないのだが、本作には傷病兵と野戦病院のリアルな描写が何度も出てくるのでブロッシュ少佐の活躍はかなり目立つ。
フランス第二帝政の支配者としてシャーロン軍中にある。ドラエルシュやモーリスに目撃されるという形で作中にしばしば現れる。優柔不断で意志薄弱、パリからは退却を拒絶されて、戦場に死に場所を探しているかのようである。これがルイ・ナポレオンの実像であったのかはともかく、こんな皇帝のもとでは戦争に勝てるわけがない。
【主人公ジャンの遍歴】 本作の主人公ジャンは、エチエンヌやオクターヴと並び、ゾラが好意的に描いている男性人物のひとりである。ジャンのために双書中の二巻が、しかも第15巻『大地』と本作『壊滅』という長大な二作があてられていることもそれを示している。ジャンがどれだけ過酷な運命に翻弄されてきたかはこの二冊を通読してみるとわかるのであり、それゆえにこそ、やがて最終巻で語られるであろうジャンのその後がいっそう感慨深いものとなるのである。第15巻と第19巻はできればこの順で読んで欲しいものだが、もしまだなら本作読了後第15巻を読むのがよい。また、より遡ったジャンの生いたちについては、第1巻『ルーゴン家の繁栄』の中に少しだけ見出せる。ちなみにジャンは『居酒屋』のジェルヴェーズの弟であり、従ってアル中親父アントワーヌの息子である。
【双書完結へ】 本作は双書の実質的完結編であり、双書が繰り広げてきた破壊と破滅の絵巻の総仕上げをなすものであるから、ほんらい、本作に取りかかる前にこれまでの巻はすべて読み終えていることが望ましい。それが無理なら最低でも、第9巻『ナナ』、第13巻『ジェルミナール』、第15巻『大地』、第17巻『獣人』の四冊はぜひとも本作に先立って読んでおくべきである。双書中の最長編である本作において第二帝政の歴史は幕を閉じる。そして最終巻『パスカル博士』においてルーゴン・マッカールの病んだ家系の終焉を見届けるという最後の仕事が、読者に残されているのである。
本作には、昭和16年の翻訳しかない。
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