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19巻『壊滅』

La Débâcle, 1892 DATA:『壊滅』
壊滅
 ルーゴン・マッカールにかけたゾラ自身の情念を凝縮したかのような双書中最大の長編。念入りな調査を基礎に、普仏戦争の敗北からパリ・コミューンへとカタストロフの展開していくさまを一日の日付の間違いもなく克明に活写し第二帝政の崩壊と終焉を跡づけた戦争記録文学の傑作である。同胞相争う殺戮の中で親友を手にかけて生き残ったジャン・マッカールが、そしてまたフランス社会が負わねばならなかったあまりにも深い傷をえぐり出し告発する怒りの書であり、「フランスを淫売屋に変えた第二帝政」への葬送曲ともいうべき、圧倒的な迫力の戦争小説。
舞台設定
時: 1870/08-1871/05
場所: セダン/パリ
主人公: ジャン
職業: 兵士
資料と分析
プレイヤード版で518pp
324
登場人物101
抜粋集
予備知識
訳の欠落
あらすじ

 妻を失ったばかりの農民ジャン・マッカール(39)は、折しも勃発した普仏戦争に際して再び兵役に戻っていた。第7軍団麾下第106連隊で伍長を務めるジャンのもとにはパリに学んだ退廃的な若者モーリス(20)がおり、朴訥で無学なジャンに対して当初は反感を抱いていたが、やがてジャンの善良さに惹かれて友情を結ぶにいたる。
 第二帝政のフランス軍は士気の点でも装備の点でも脆弱で、開戦以来、プロシア軍に圧倒されっぱなしであった。優柔不断な皇帝に代わって全軍を統帥するマクマオン元帥は、メッツに包囲されたバゼーヌ将軍の救援とプロシアへの決定的な打撃を与えることを期して、第7軍団を含む四個軍団をシャーロンに集結させる。だが、この大軍も機動力に富んだプロシア軍の牽制にただ翻弄されて徒に時日を費やすばかりで、メッツの手前ムーズ河沿いの町セダンへと追いつめられていくのだった。
 ジャンとモーリスは、結婚してセダンに住んでいたモーリスの双子の姉アンリエット(20)の家でもてなされるが、その翌日プロシア軍の激しい攻撃が始まる。布陣のずさんさ、指揮系統の混乱、将校の知識不足など相重なる弱点を抱えたフランス軍はなすすべもなく、要所を奪われ、このわずか一日で多数の戦死者を出して谷底の町セダンへと包囲されてしまう。アンリエットの夫ヴァイスもまたプロシア兵に殺される。この敗北に消沈した皇帝は降伏を決意し、ここにフランス第二帝政の命運が尽きる。
 プロシアの捕虜となったジャンとモーリスは脱走を企てるが、ジャンは逃走の途中で負傷する。敗戦に憤激したパリ市民によって第三共和政が宣言されたことを知ったモーリスは、アンリエットにジャンを託してパリへ向かう。野戦病院で働くアンリエットの前には、戦争が残した悲惨と憎悪の光景が展開するのだった。不安と悲哀の毎日の中で、アンリエットとジャンの間にかすかな好意が芽生える。
 パリ開城と屈辱的な講和条件に憤ったパリの市民たちが起こしたコミューンの反乱によって、パリは混乱をきわめていた。傷を癒したジャンはふたたび伍長となってコミューン鎮圧の軍に加わる。同胞相争う内乱のさなか、炎上するパリの街路で、逆上したジャンは無我夢中で一人のコミューン兵士を突き刺すが、それこそは親友モーリスにほかならなかった。コミューン兵士の虐殺が繰り広げられる燃えさかるパリで、駆けつけたアンリエットに見守られてモーリスは息をひきとる。深い悲しみとともに、ジャンはアンリエットに別れを告げてパリを去る。

主な登場人物

主要人物相関図

(1)主要人物

ジャン・マッカール Jean Macquart
 本作の主人公。つい数か月前までボース地方で農民をしていたことは第15巻『大地』に詳しい。かろうじて文字が読める程度の彼は農村ではインテリの部類だが軍隊では無学なほうに属する。単純なゆえに剛毅な魂と兵士としての実践的な知恵を持つジャンは、双書でも随一の不屈の男であり、希望の担い手のひとりである。

モーリス・ルヴァスール Maurice Levasseur
 ル・シェーヌ出身の青年。軍の新兵でジャンの親友となる。パリでの放蕩によって姉にかけた経済的負担を清算するために兵役に志願した。教育があるためか戦争の必然性や必要性についても漠然とした観念を抱き、戦争の中に生命力の発露をも見てとる。熱狂的な厭世家ではあるが、意外と単純な側面ももつ。要するにまだ若い。

アンリエット・ルヴァスール Henriette Levasseur
 モーリスの双子の姉、ブロンドの美人。まるで空気に愛撫されてでもいるかのように音をたてずに静かに歩き、親切と誠意をもって客をもてなす。モーリスにとっては頼れる姉、ジャンにとっては触れてはならぬ女神のような存在。しかし帰らぬ夫を捜しに砲弾の下を駆け抜ける勇気をも発揮するという、稀有な女性。

(2)市民

ヴァイス Weiss
 アンリエットの夫、ドラエルシュの織物工場の職工長。眼がわるいのだが、かなり年下の妻を魅惑するのに都合が悪いので普段は眼鏡をかけないようにしているというお茶目な一面を持つ。セダンの地理に明るく、市民ながら戦況を最もよく理解し将軍に進言するのだが容れられない。バゼイユの戦闘でも活躍し、死なせるのが惜しい人材であった。

シルヴィーヌ・モランジュ Silvine Morange
 4歳の時からフーシャール爺さんにひきとられて働いている少女。死んだロークールの女工の私生児だった。オノレと恋仲になるがフーシャール爺さんに結婚を反対され、オノレの出奔ののちプロシア人ゴリアートに誘惑されてシャルロを産む。彼女の恋人・息子・その父の人間関係が、戦争がもたらす悲劇の極致を織りなしていく。

ドラエルシュ M. Delaherche
 セダンの織物工場主で町の有力者。母親に甘やかされて育った一人息子。50歳を過ぎてからマジノ未亡人ジルベルトの魅力に惹かれて結婚するも、妻の情事には気づいていない。最大の気がかりは自分の財産だということが言動のはしばしに窺える。悪人じゃないんだけれど、ちょっとおめでたい単細胞ブルジョワ。

フーシャール爺さん l'oncle Fouchard
 ルミリーの農民。計算高いというか単にけちな親爺で、ドラエルシュとはまた別の意味で財産への執着が強い。安く買った牛を高く売って儲けた程度のことに得意になるタイプ。セダンの戦い後は伝染病にかかった馬をプロシア軍に売りつけて、これが自分の愛国心だなどと放言するが、どこまで本気かわからない。

ジルベルト Gilberte
 ドラエルシュのかなり年下の妻、もとマジノ夫人。ド・ヴィヌーイユ大佐の姪。彼女の夫の部下の義弟(モーリス)が軍の中で便宜を受けられるのはこの人脈のおかげである。ボードワン大尉とは旧知の間柄で、夫に内緒で逢い引きしているが罪悪感はない。『愛の一ページ』のジュリエットによく似ている。

(3)軍人

オノレ・フーシャール Honoré Fouchard
 フーシャール爺さんの息子。予備砲兵隊の軍曹で、自分の大砲をいとおしむ。家に引き取られた孤児シルヴィーヌとはかつての恋人で、今回の行軍中に再会して誤解が解け、別の男の子を産んだシルヴィーヌを赦し、結婚を申し込む。だが、その二日後の戦闘においてプロシア軍の砲撃を受け戦死。

ゴリアート・シュタインベルク Goliath Steinberg
 もとフーシャール爺さんの作男。シルヴィーヌとの結婚を反対されたオノレが出奔したあと、沈み込むシルヴィーヌを巧みに口説いて関係を持つ。彼女と結婚すると称していたが出産の直前に逃げ、今はプロシアのスパイ。戦後、シルヴィーヌをゆすろうとしたためギョームらの私刑を受け惨殺される。

ブロッシュ少佐 le major Bouroche
 106連隊に所属する軍医。セダン戦後、ドラエルシュ邸を借りて野戦病院とし、傷病兵の治療・手術にあたる。物語の展開の上ではそれほど重要人物ではないのだが、本作には傷病兵と野戦病院のリアルな描写が何度も出てくるのでブロッシュ少佐の活躍はかなり目立つ。

皇帝ナポレオン三世 l'empereur Napoléon III
 フランス第二帝政の支配者としてシャーロン軍中にある。ドラエルシュやモーリスに目撃されるという形で作中にしばしば現れる。優柔不断で意志薄弱、パリからは退却を拒絶されて、戦場に死に場所を探しているかのようである。これがルイ・ナポレオンの実像であったのかはともかく、こんな皇帝のもとでは戦争に勝てるわけがない。

双書における位置づけ

【主人公ジャンの遍歴】 本作の主人公ジャンは、エチエンヌやオクターヴと並び、ゾラが好意的に描いている男性人物のひとりである。ジャンのために双書中の二巻が、しかも第15巻『大地』と本作『壊滅』という長大な二作があてられていることもそれを示している。ジャンがどれだけ過酷な運命に翻弄されてきたかはこの二冊を通読してみるとわかるのであり、それゆえにこそ、やがて最終巻で語られるであろうジャンのその後がいっそう感慨深いものとなるのである。第15巻と第19巻はできればこの順で読んで欲しいものだが、もしまだなら本作読了後第15巻を読むのがよい。また、より遡ったジャンの生いたちについては、第1巻『ルーゴン家の繁栄』の中に少しだけ見出せる。ちなみにジャンは『居酒屋』のジェルヴェーズの弟であり、従ってアル中親父アントワーヌの息子である。
【双書完結へ】 本作は双書の実質的完結編であり、双書が繰り広げてきた破壊と破滅の絵巻の総仕上げをなすものであるから、ほんらい、本作に取りかかる前にこれまでの巻はすべて読み終えていることが望ましい。それが無理なら最低でも、第9巻『ナナ』、第13巻『ジェルミナール』、第15巻『大地』、第17巻『獣人』の四冊はぜひとも本作に先立って読んでおくべきである。双書中の最長編である本作において第二帝政の歴史は幕を閉じる。そして最終巻『パスカル博士』においてルーゴン・マッカールの病んだ家系の終焉を見届けるという最後の仕事が、読者に残されているのである。

翻訳文献

本作には、昭和16年の翻訳しかない。

訳文古・入手難 「ルーゴン=マッカール叢書」セレクション14 壊滅(上・下) (難波浩、本の友社、2000/07/10)
  (上巻)口絵、論文三件併録/(下巻)口絵、論文三件併録、跋/昭和16年アルス版の復刻

関連事項

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