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第10巻 ごった煮
Pot-Bouille, 1882

ごった煮 世俗的成功の野心を抱く青年オクターヴの目を通して、パリ中流階級の乱れた風紀を暴露する作品。厳格な道徳の陰で繰り広げられる紳士と婦人たちの姦通と財産をめぐる争いを冷徹に描き出し、ブルジョワ道徳の欺瞞性を暴き出す。ブルジョワたちの取り澄ましたうわべとその実態との乖離が滑稽味と風刺的傾向を生み、のちにジッドを魅了する。人々の乱倫に失望した主人公オクターヴは商業による成功を夢見て高級衣料店「ボヌール・デ・ダーム」の女主人エドゥアン夫人と結婚し、物語は次巻『ボヌール・デ・ダーム百貨店』へと接続する。
(画像はfolio版の表紙より)→拡大画像(新ウィンドウが開きます)

基礎情報
長さ:388pp(双書中8位)
舞台:1862年11月〜1864年12月、パリ(ショワズール街)
主人公:オクターヴ・ムーレ(パリの青年、22-24歳)
資料と分析
章立てと展開
登場人物総覧
抜粋集

あらすじ

 美貌と才能に恵まれたプラッサンの青年オクターヴ・ムーレ(22)は成功を夢見てパリへ上り、両親の友人カンパルドン一家が住むショワズール街のアパルトマンに身を寄せる。中流ブルジョワたちが住むこのヴァブル館で暮らしながら、オクターヴは近代的な服飾店「ボヌール・デ・ダーム」に就職し、成功のステップとしてブルジョワ婦人たちの愛顧を得ようとする。
 しかし夜会の華やかな社交の裏にオクターヴが見出したのは、厳格で貞淑ぶった道徳の陰で虚栄心と財産への執着とが渦巻く、ブルジョワたちのおどろな生態であった。オクターヴはなかば嫌悪を抱きながらも幻惑され、翻弄されるようにしてこの奇妙な世界に巻き込まれていく。他方、これらの人々の実態を間近に知り尽くしている各家庭の下男や女中たちも、偽善的な主人たちへの悪罵と嘲笑をひそかに交換しながら、放埒な関係をとり結んでいるのだった。
 カンパルドン家の上の階に住むジョスラン一家には二人の娘がいた。虚栄心の権化であるジョスラン夫人は、会計係をしている夫のわずかな給料を切りつめて娘たちにめいっぱいの贅沢をさせ、有利な結婚のために奔走する。詐欺まがいの策略を弄したあげく、下の娘ベルト(21)をヴァブル家の長男オーギュストと結婚させるが、吝嗇な商人の夫と贅沢に慣れた妻とは、最初から気性が合わなかった。
 平凡な夫に退屈したベルトは、オクターヴとの情事に走る。ベルトの贅沢心を満足させるためにさんざん散財させられた後、オクターヴはようやくベルトとの逢い引きにこぎつけるが、女中を買収しておくことを忘れたため、密会の現場を夫に踏み込まれて騒動を起こしてしまう。
 この経験に懲りたオクターヴは商業で身を立てようと決意し、ボヌール・デ・ダームの発展のために力を尽くす。やがて店の女主人のエドゥアン夫人に認められたオクターヴは彼女の再婚相手となり、ボヌール・デ・ダームを手中に収める。

主な登場人物

オクターヴ・ムーレ
 南仏からパリへ出てきた、若く美貌の青年。ヴァブル館の婦人たちを情事に引き入れる女たらしというのが、作中でのイメージである。しかし彼が挑んで情事にこぎつけた女は四人中一人だけ(マリー・ピション)であり、よく考えると、そんなに女たらしとは言えない。この点、生粋のパリジャンであるトリュブロやギュランのほうが成功している。やはりオクターヴの本領はその商才であり、彼は「女によって出世する」よりむしろ「出世してから女遊びに精を出す」タイプと言えよう。
ベルト・ジョスラン
 ジョスラン一家の妹娘。美しいが、金持ちではなく持参金もあまり出せないので、媚態によって男をつかまえるために母から特訓を受ける。そういう打算的な愛嬌を振りまくことを初めは嫌っていたものの、後半、結婚してからは妙に母親に似てくるのには苦笑させられる。「人から気の毒がられるよりも、人をうらやましがらせるほうがまし」というのは、この親子そろっての口癖である。
ジョスラン夫人
 ヴァブル館5階の住人。この作品の中で最も揶揄を込めて描かれている人物と言える。自分が属している社交界の偏狭な規範にとらわれ、ブルジョワとしての体裁と華美な外見を保つことにばかり熱中する。すべての物事を自分の虚栄心を基準にして測るものだから、内職までしてドレス代を捻出している夫に対しては不満しか抱かないし、娘の持参金捻出のために詐欺まがいのことまで平気でする。
ジョスラン氏
 ガラス工場の会計係をしているが、その給料だけでは妻子の贅沢をまかなうことができないので、1000枚で3フランの帯封書きの内職をして副収入を得ている。夫人の虚栄と暴走に対してブレーキをかけようと試みるが、その温厚な性格と、結婚したときの立場の弱さのために、結局夫人に押し切られてしまう。のち、母と娘の口論に耐えきれず、卒中を起こしてそのまま死去。善良な人なんだけど、あまりにも気が弱すぎた……。
カンパルドン
 ヴァブル館4階の住人。オクターヴの両親と友人で、パリに出てきたオクターヴの世話を焼く。彼がプラッサンへ出張したときに出会ったローズが、カンパルドン夫人。ローズの親友で、のちにパリへ出てきたガスパリーヌが、カンパルドンの第二夫人。夫人は真相を知らないので、第二夫人と仲良く同居する。
ジュヴェイリエ
 控訴院判事。厳格な道徳観の持ち主だが、夫人に毛嫌いされているので愛人を囲い、愛人がいないときは隣人の女中に手を出す。愛人のクラリスに捨てられたのがショックで拳銃自殺をはかるが、失敗して顎をぶち抜くにとどまる。これ以後、使用人たちからはひそかに「横にまがった口」という綽名をちょうだいすることになる。なお、アデールの項も参照のこと。
エドゥアン夫人
 高級服飾店「ボヌール・デ・ダーム」の支配人。夫はすでに亡く、未亡人ながら店の経営に辣腕をふるう。オクターヴの商才を高く評価するが、彼の誘いには乗らない。オクターヴがヴァブル館を出たのち、彼と再婚して店を預ける。重要人物のはずなのに作中にはあまり出てこず、どういう人物なのか今ひとつわかりかねるところがある。
マリー・ピション
 ヴァブル館5階の住人。オクターヴの、この作品中で唯一成功した情事の相手。すでに結婚して子どももいるが、人形のように過保護に育てられたために世間知らずで、子どもに服を着せることもできない。しかし、逢い引きを夫に見つかって締め出しをくらっているベルトを助けるなど、情に厚い側面もある。無知だが不実ではない女性といえよう。
アデール
 ジョスラン家の女中。アデールは物語の後半で、一説によると「菓子パンの鋳型をく」った。そんなもの食ったら腹が痛くなるわけで、彼女はある夜、一晩中血まみれになって苦しみ、腹から出てきたものをこっそり捨てにいく。カンパルドン家の料理女ヴィクトワールが尋ねるには、「お前はあの横にまがった口で鋳型を食べたのかい」。なお、ジュヴェイリエの項も参照のこと。
ヴァレリー夫人
 家主の次男テオフィル・ヴァブルの妻。息子のカミーユは、サン・タンヌ街の肉屋の若い衆につくらせたもの。非常な浮気女の評判があるいっぽうで、オクターヴの誘いには乗らない。謎めいたふるまいの真相はどうもはっきりしないのだが、一種の自己抑制不能な淫乱症のようなものであるらしい。
グール氏
 ヴァブル館の管理人。アパルトマンの風紀が乱れていないかどうか、常に目を光らせている。彼の道徳観によると、ヴァブル館は体面を重んじるので労働者や女工は入居させたくなく、この点でジュヴェイリエと意気投合する。彼が追い出した出産直前の女工がのちに嬰児殺を犯し、ジュヴェイリエはこの女工に重罰を宣告する。
オーギュスト
 家主の長男。ヴァブル館の1階と中2階を使って絹織物店を開くが、ボヌール・デ・ダームの事業拡大に伴って経営は苦しくなるいっぽうである。ベルトの媚態にひっかかって結婚するが、あてにしていた持参金をジョスラン夫人にはぐらかされたばかりでなく、けちな性格のため妻と気が合わずベルトを情事に走らせる。

翻訳文献

本作には角川文庫から翻訳が出ている。

 書名訳者発行所発行日訳文備考
推薦ごった煮(上・下)田辺貞之助角川文庫1958/12/30A上巻に解説
訳文:A=現代的かつ平易・B=やや古いまたは生硬・C=非常に古い

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関連事項

DATA:『ごった煮』
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