一族と家系樹
「第二帝政下におけるある家族の自然的社会的歴史」の副題を持つルーゴン・マッカール双書において、「家族の自然的歴史」とは、一族の人々に代々受けつがれてゆく遺伝形質の追跡を意味していた。祖先の精神的障害に端を発する貪欲・怠惰・狂信などの性質が、子孫の人々の中に、その置かれた環境に応じてどのように現れていくのかを描き出そうとするのが、双書執筆当初のゾラの意図だったのである。(ただしゾラにおける遺伝の影響力の重視は、よく言われるように妄信的・教条的なものではなく、作品を方向づける一要素といった程度のものであることに注意を要する。そして、すでにゾラの作品自体が、遺伝による決定論という枠組みを大きく越えて、詩人的イマジネーションの産物となっているのである。)
こうしてゾラは、アデライード・フークに始まるルーゴン家、マッカール家、および両家系の混合であるムーレ家の人々について、各人の遺伝的性格を設定し、「ルーゴン・マッカール家系樹(Arbre généalogique des Rougon-Macquart)」としてまとめた。一族を、アデライードという幹から発していくつもの枝葉へと分岐していく一本の木になぞらえたこの家系樹の図は、双書第8巻『愛の一ページ』(1878年)に、一族26人を含むものとして掲載される。その後、家系樹はさらに拡大・補充されて、一族32人の設定情報を含んで最終巻『パスカル博士』(1893年)に掲載された。この家系樹を作者による最終かつ公式の設定資料とみなすことができるが、同時に、これは作中人物パスカル博士が残した研究成果として『パスカル博士』の作中要素としても登場する。
バルザックにならって人物再登場の手法を採用したルーゴン・マッカール双書では、一族の人々は複数の作品に姿を見せることになる。作品ごとに多数の人々を登場させて主題を展開していくとともに、複数作品にわたって人々の生涯を描くことによって、双書は立体的な構造を獲得しているのである。
以下に、家系樹と一族の概略を紹介する。
凡例
- 上記の家系樹はクリッカブル・マップであり、人名をクリックすることで人物の詳細へ移動する。
- 人物の生没年等に関し、明らかに作品と矛盾している部分がいくつかあるが、ここでは家系樹に記載されたとおりとした。
- 各人物について、次の情報を示している。
- 系譜:家系と世代、生没年。
- 経歴:出身と職業。
- 遺伝:人物の遺伝的性質。清水正和『ゾラと世紀末』(国書刊行会、1992年)p312-320の訳を引用した。
- 親族:その人物に特に関係の深い親族。
- 登場:その人物が登場する巻。主要登場巻は強調体にしてある。
- 性別と家系について、下記のような色分けを用いる。
性 | 女 | 男 | 性別不詳 | |
家系 | アデライード | ルーゴン家系 | マッカール家系 | ムーレ家系 |
|
18 | ヴィクトル・ルーゴン(通称サッカール) Victor Rougon (dit Saccard) |
系譜 | ルーゴン家系第4世代、1853- |
経歴 | 行方不明 |
遺伝 | 接合性混合遺伝。身体は父に似る。 |
親族 | アリスティド(父) |
登場 | 『金銭』 | 『パスカル博士』 |
19 | アンジェリック・ルーゴン Angélique Rougon |
系譜 | ルーゴン家系第4世代、1851-1869 |
経歴 | 捨て子 → 刺繍女工 → 原因不明の病気で死亡 |
遺伝 | 潜在性。母やその先祖との類似なし、父方については不明。 |
親族 | シドニー(母) |
登場 | 『夢』 |
23 | ジャンヌ・グランジャン Jeanne Grandjean |
系譜 | ムーレ家系第4世代、1842-1855 |
経歴 | 病弱な娘 → 神経症発作で死亡 |
遺伝 | 二代を超える隔世遺伝。精神的肉体的にアデライード・フークに似る。 |
親族 | エレーヌ(母) |
登場 | 『愛の一ページ』 |
24 | ポーリーヌ・クニュー Pauline Quenu |
系譜 | マッカール家系第4世代、1852- |
経歴 | 豚肉屋の娘 → ボンヌヴィル村長の養女(生存中) |
遺伝 | 均衡のとれた混合遺伝。精神・肉体ともに両親に似る。誠実。 |
親族 | リザ(母) |
登場 | 『パリの胃袋』 | 『生きる喜び』 | 『パスカル博士』 |
26 | ジャック・ランチエ Jacques Lantier |
系譜 | マッカール家系第4世代、1844-1870 |
経歴 | パリの洗濯屋の息子 → 機関士 → 事故死 |
遺伝 | 母系、身体的には父に似る。殺人の狂気に転じるアルコール中毒の遺伝。犯罪性向。 |
親族 | ジェルヴェーズ(母) |
登場 | 『獣人』 |
28 | アンナ・クーポー(通称ナナ) Anna Coupeau (dite Nana) |
系譜 | マッカール家系第4世代、1852-1870 |
経歴 | パリの不良娘 → 高級娼婦 → 天然痘で死亡 |
遺伝 | 接合性混合遺伝。父の気質が優勢、母の最初の愛人ランチエの影響も大きい。精神的肉体的頽廃に転じるアルコール中毒の遺伝、背徳の状態。 |
親族 | ジェルヴェーズ(母) | クロード(兄) | エチエンヌ(兄) | ルイ(息子) |
登場 | 『居酒屋』 | 『ナナ』 |
29 | シャルル・ルーゴン(通称サッカール) Charles Rougon (dit Saccard) |
系譜 | ルーゴン家系第5世代、1857-1873 |
経歴 | 病弱 → 大量の鼻血出血で死亡 |
遺伝 | 三代をこえる隔世遺伝。精神・肉体ともにアデライード・フークに似る。一血統衰退の最終的徴候。 |
親族 | マクシム(父) |
登場 | 『獲物の奪い合い』 | 『パスカル博士』 |
31 | ジャック=ルイ・ランチエ Jacques-Louis Lantier |
系譜 | マッカール家系第5世代、1860-1869 |
経歴 | パリの画家の息子 → 脳水腫で死亡 |
遺伝 | 父系。 |
親族 | クロード(父) |
登場 | 『制作』 |
32 | ルイ・クーポー(通称ルイゼ) Louis Coupeau (dit Louiset) |
系譜 | マッカール家系第5世代、1867-1870 |
経歴 | パリの高級娼婦の息子 → 天然痘で死亡 |
遺伝 | 母系、身体は母に似る。 |
親族 | アンナ(母) |
登場 | 『ナナ』 |
|