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第11巻 ボヌール・デ・ダーム百貨店
Au Bonheur des dames, 1883

新訳に基づいてリメイク中。以下の紹介は三上於莵吉訳による。


ボヌール・デ・ダーム百貨店 双書後半の幕開けを飾る商業小説。第10巻にひきつづき企業家オクターヴ・ムーレの生活と、その経営するデパート「ボヌール・デ・ダーム」の事業拡大競争を扱う。メロドラマ風の展開、双書全巻を通じて唯一のハッピーエンド、やや現実ばなれした楽観主義、そして時代の不明確さなど、双書の中では異色の作品である。しかし安売りに殺到する婦人たちの騒々しい様子の描写や、デパート経営の実態への鋭い観察眼、大資本の社会的影響力への関心といった点に、後期ルーゴン・マッカールに共通の特徴が現れている。
(画像はfolio版の表紙より)→拡大画像(新ウィンドウが開きます)

基礎情報
長さ:418pp(双書中5位)
舞台:1865年?10月〜4年後、パリ
主人公:オクターヴ・ムーレ(百貨店主、20代後半)
資料と分析
章立てと展開
登場人物総覧
抜粋集

あらすじ

 両親を失った後、叔父を頼ってヴァローニュから二人の弟を連れてパリへ出てきた少女ドニーズ・ボーデュは、周囲の小さな老舗を押しのけて華々しく発展しているデパート「ボヌール・デ・ダーム」に圧倒される。叔父の店への就職を断られたドニーズは「ボヌール・デ・ダーム」の女店員となり、つつましく働き始める。
 ドニーズは、求職の日に偶然出会ったボヌール・デ・ダームの支配人、オクターヴ・ムーレに対して言いしれぬ畏れを抱く。オクターヴは打算にたけた世俗的な男で、その才能によってボヌール・デ・ダームを大商店に発展させたのだった。オクターヴは銀行家に人脈のある貴婦人アンリエット・デフォルジュの愛人となり、事業拡大資金の調達を画策していた。
 垢抜けないドニーズは、はじめ女店員たちの間でいびられて苦しむが、友人ポーリーヌに支えられて懸命に働く。同郷の青年アンリ、ドニーズが密かにあこがれるユータン、ドニーズを敵視する女店員クララたちとの関わりを交えながら、ドニーズの生活は続いていった。しかし、彼女によこしまな欲望を抱く守衛のジョーブを拒んでその反感をかったドニーズは、ジョーブの密告がもとで解雇されてしまう。
 解雇されたドニーズは洋傘商ブーラの店で働きながら、廉価多売型のデパートの登場によって経営を圧迫され、破産に追い込まれてゆく小商店の実態について知る。これらの小規模経営者の間ではボヌール・デ・ダームに対する反感が高まり、形勢逆転のための廉価競争をしかけることが目論まれていた。
 やがてオクターヴのはからいでドニーズは新装したボヌール・デ・ダームに復帰する。次第に都会に慣れ、女店員としても力量を発揮しはじめたドニーズをオクターヴは軽い気持ちで誘惑しようとするが、貞淑観念の持ち主であるドニーズはこれを拒む。オクターヴの心に、巨万の富をもってしても言うなりにならない女への戸惑いが生じ、オクターヴはドニーズに本気で恋するようになった。
 オクターヴに裏切られたアンリエットはドニーズに敵意を抱き、さらにオクターヴを恨む。アンリエットは、ボヌール・デ・ダームの重役で独立して競合店を建てようと企んでいるブーテマンと結託し、新しいデパート「四季」のほうに出資するようアルトマン男爵を説き伏せようとする。
 ボヌール・デ・ダームでのドニーズの地位は順調に向上し、やがてライバルの店員たちを差し置いて子供服売場の主任にまで昇進する。ボヌール・デ・ダームはオクターヴの廉価多売の戦略で小商店との価格競争に勝ち、ライバル店「四季」の火災事故も幸いして驚異的な売上げを達成する。しかしデパートの経営がどれほど成功しても、オクターヴのドニーズへの恋は一向に報われず、オクターヴはドニーズが別に愛人を持っているのだろうと誤解する。オクターヴに対して大きな発言力を持つようになったドニーズは、ボヌール・デ・ダームの店員たちの待遇に同情し、オクターヴに提案して労働環境の改善を実現させる。同時に彼女は、オクターヴへの畏れが、オクターヴへの愛情であったことに気づく。
 ボヌール・デ・ダームは第二次の拡張工事を迎える。オクターヴの求愛をしのぎきれないと感じたドニーズは新装開店大売り出しの日を最後に退職する決意を固める。貴婦人たちの欲望をあまねく刺激した大売り出しは大成功に終わり、ボヌール・デ・ダームは未曾有の売上高を計上するが、オクターヴはドニーズとの別れを思って打ちひしがれる。その姿に打たれたドニーズはついに屈し、オクターヴへの愛を告白して結婚を承諾するのだった。

主な登場人物

中心人物
オクターヴ・ムーレ
 ボヌール・デ・ダーム支配人。女好きのやり手の事業家、というイメージにぴったりの人物である。しかしそのぶん世界観に深みがないので、金で思い通りにならないドニーズのような娘に直面すると混乱し、魅入られてしまう。
ドニーズ・ボーデュ
 身寄りがなくなったのでパリに出てきた20歳の少女。弟二人を養いながら懸命に働く。勇気・快活・無邪気の三つの徳を合わせ持ち、他人の悪意を乗り越えてしだいに周囲を魅了していく。
アンリエット・デフォルジュ
 オクターヴの愛人。銀行家アルトマン男爵にコネのある貴婦人。感情に流されやすい面があり、発言や行動はいささか破れかぶれであるが、そこがひとつの魅力とも言える。ドニーズに恥をかかせようとしてけなしておきながら、ドニーズに言い返されるとたちまち逆上してしまうあたりに、根の善良さがうかがえる。
アルトマン男爵
 抵当信用銀行の総監、ボヌール・デ・ダームを資金面でバックアップする有力者。オクターヴはこの人の協力をとりつけるために奔走する。オクターヴの女好きを戒めるような言動がみられ、意外と洞察力に富む。地味な役どころながら、重要人物といえるかもしれない。

ボヌール・デ・ダーム従業員
ブールドンクル
 ボヌール・デ・ダームの幹部、オクターヴの腹心。オクターヴと一対で、彼の極度の楽観にブレーキをかけるために存在するかのような、厳格な実務家。従業員からは怖れられているが、締まり屋のブールドンクルの日常的な細かい配慮があればこそ、ボヌール・デ・ダームは成り立っているとも言えよう。
オーレリー夫人
 外套部主任。同じくB.D.の従業員であるロンムと結婚したのでロンム夫人と呼ぶべきであるが、夫よりも実力があるので名前で呼ばれている。自分の息のかかった従業員を多数もっており、「ロンム系従業員」の頭となっている。唯一の欠点はぐうたら息子のアルベールを溺愛しすぎていることだろう。
ブーテマン
 ボヌール・デ・ダームの幹部のひとり。オクターヴを通じてアンリエットと知り合いになるが、後に自分の地位に不満を抱き、アンリエットの力を借りて独立しようと試みる。しかし彼の新設デパート「四季」は開店まもなく火災事故によって焼失してしまった……。お気の毒。
ポーリーヌ・クノー
 リンネル部の女店員で、ボヌール・デ・ダームにおけるドニーズのいちばんの親友。ドニーズが新人だったころから彼女をかばい、あれこれと相談にのる。
クララ・プリュネール
 外套部の女店員。入って間もないドニーズの垢抜けなさを嘲笑し、その後もずっとドニーズのライバル的存在となる。一時はオクターヴの愛人であり、またエルボーフ店の従業員コロンバンを魅惑してその婚約者ジュヌヴィエーヴを苦しめる。
アンリ・ドローシュ
 レース部に所属する、ドニーズと同郷の青年。B.D.に雇用されたのもドニーズと同じ日である。真面目な若者であり、ドニーズに好意を抱いているようであるが、その想いは実らず、最後にはB.D.を退職して田舎へ帰ってしまう。彼に対しては作者のなおざりな扱いが目立ち、少々可哀想な人物である。
ユータン
 絹物部に所属する好青年。B.D.の男店員のなかではドニーズに優しく接した最初の人物である。このためドニーズは彼に感謝の気持ちを抱き、一時はそれを愛情と思いこむ。しかしユータンは単に色男なのであり、のちにドニーズへの軽蔑をうっかり暴露してドニーズを幻滅させる。
ジョーブ
 ボヌール・デ・ダーム私設警備員。店内を絶えず巡回し、さぼっている店員を発見してブールドンクルに密告するのが生きがいのジジイ。たまにさぼってもいない店員を密告することもあり、それはたとえば、彼の誘いにのらなかった女店員というような場合である。
ボーデュ
 絹布を商う老舗エルボーフ店の主。すぐ近くに開店したB.D.によって経営を圧迫され、廃業の危機に直面している。本来は堅実な商人であり、決して悪い人間ではないが、作中ではひなびた暗い店の奥で不平をこぼしてばかりいるので、あまり魅力的ではない。
ジュヌヴィエーヴ
 ボーデュの娘、ということはドニーズの従姉にあたる。商店主の娘として、旧来の慣習どおり、住み込み従業員コロンバンと婚約していた。しかしコロンバンがさびれた店を継ぐことに見切りをつけて駆け落ちしてしまったのでひどく傷つき、もともと病弱だった身体を悪化させて病死してしまう。ボヌール・デ・ダームによって破滅させられた人物の最たるものと言えよう。
コロンバン
 エルボーフ店の従業員。はじめは真面目な従業員だったが、B.D.の女店員クララに魅せられ、後に別の女店員と駆け落ちしてしまう。もともと出番が少ないのでその間のいきさつは不明。要するに、B.D.が提供する華やかな消費生活に幻惑されてしまったのであろう。
ロビノー
 絹物部のもと副主任。B.D.での出世に見切りをつけて、老舗の絹物商ヴァンサールの店を譲り受けて独立する。独立してやっていけると成算をたてたのであろうが、結果的には破産しかかった店を手放したがっていたヴァンサールの策略にはまった形になる。最初ドニーズにB.D.の就職口を斡旋してくれたのがロビノーであり、けっこう面倒見のいい男なので、ちょっと気の毒である。なお、奥さんが美人
ブーラ
 B.D.に対抗して古くからの洋傘店を守り続ける老人。ドニーズは一時期ここに就職した。B.D.の隣地に店を持っており、オクターヴへの反感から、巨額の補償金を積まれても土地を手放そうとしない。地上げに立ち向かう小売店主の役どころである。だが、やがて店が破産して土地は差押さえられ、結局オクターヴの手に落ちる。そのときにはわずかな金しか残らない。頑固すぎるところがあったとはいえ、明らかに商業の犠牲者のひとりである。
 
 

客たち
マルティ夫人
 B.D.のお得意客の貴婦人。ひどい浪費癖の持ち主で、欲しい物も欲しくない物も要る物も要らない物も、売場で見かけた物はことごとく買ってしまう。オクターヴの掛けた罠に見事にはまった女である。夫はしがないリセの教師であり、そんなに給料があるわけではない。マルティ氏はのちに妻の浪費癖のために発狂してしまうのである。
ボーブ夫人
 B.D.のお得意客の貴婦人。マルティ夫人と対照的に極度のしまり屋だが、これはお金を使うのが嫌だというだけであって、B.D.の商品の魅力にはがっちりと捕らえられている。そこで彼女は、商品を買わないで万引きするのである。彼女は娘と共同して万引きを常習するが、最後には露見してブールドンクルに別室に連れ込まれ、弁償の約束をさせられる。この際、みすみす万引きを許したからという理由で売場担当のアンリがとばっちりを受けて馘首されるのであり、まことに迷惑千万なおばさんである。

翻訳文献

本作には最近新訳が出た。大正11年の三上於莵吉訳を無理して読む必要はない。

 書名訳者発行所発行日訳文備考
推薦ボヌール・デ・ダム百貨店伊藤桂子論創社2002/11/30A 
 「ルーゴン=マッカール叢書」セレクション6 貴女の楽園三上於莵吉本の友社1999/06/10C大正11年天佑社版の復刻
訳文:A=現代的かつ平易・B=やや古いまたは生硬・C=非常に古い

関連事項

DATA:『ボヌール・デ・ダーム百貨店』
書評:『ボヌール・デ・ダーム百貨店』

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