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第15巻 大地
La Terre, 1887

大地 農村に巣くう因襲と旧弊を取り上げた問題小説で、19世紀フランスの農業を扱った作品として、バルザックの『農民』と並び称される。土地相続をめぐる農民の貪欲がついには親族殺しにまで発展する過程をテーマにして人間の獣性をえぐり出すとともに、当時のフランス農業が抱えていた諸問題を浮き彫りにする。『壊滅』、『ジェルミナール』に次ぐ大作であり、双書が佳境に入ったことを象徴するような重厚な物語であるが、そのあまりに露骨な性描写のためにゾラの弟子たちからも反発をかい、自然主義退潮のきっかけをつくった。主人公ジャンは農民の現状に失望して農村を去るが、その一方で、悲惨な人間的営みを越えて黙々と新しい時代の収穫を生み出しつづける母胎としての大地に期待を寄せる。
(画像はfolio版の表紙より)→拡大画像(新ウィンドウが開きます)

基礎情報
長さ:448pp(双書中3位)
舞台:1860年10月〜1870年春、ボース平野
主人公:ジャン・マッカール(農民、29-39歳)
資料と分析
章立てと展開
登場人物総覧
抜粋集

あらすじ

 小麦を産するボース平野では古くから農業が営まれ、ローニュ村の人々が代々土地を受けついできた。イタリア遠征から戻った29歳の兵士ジャン・マッカールは、ローニュの大地主ウールドカンの農場で働き、平和な生活と大地への愛を育てていた。そのころ、ローニュの農民フーアンは体が衰えたため隠退することにし、その農地を三人の子どもたちに譲るが、土地分割をめぐって兄弟の間に争いが生じ、各自の取り分をめぐってしこりを残すことになる。なかでも最も貪欲な末弟ビュトーは分割に満足せず、さらに農地を拡大する欲望に駆られていた。いっぽう、相続による農地の細分化は小麦価格の高騰を呼び、アメリカからの輸入小麦に対抗するため保護関税を課するかどうかが、農民たちの関心事となっていた。
 隠退後に妻を失ったフーアンは、子どもたちが約束の年金を支払わないので次第に窮乏し始める。一時は娘の家に引き取られたものの居心地が悪くて飛び出し、フーアンは子どもたちの家を転々と居候することになる。ジャンはフーアンの姪にあたる15歳年下のフランソワーズと結婚したい望みをもっていたが、フランソワーズの姉リーズと結婚したビュトーは結婚によって姉妹の土地が分割されることを厭って、この結婚を妨害しようとする。
 子どもたちに邪魔者扱いされるフーアンは自分の最後のへそくりが狙われていることを知って、誰にも気を許すことができないまま老いぼれやつれていく。やがて卒中を起こしたフーアンは、へそくりの証券もビュトーに取り上げられて痴呆同然となる。ビュトー家に同居しているフランソワーズは姉夫婦と不和になり、自分の土地の分け前を確保したいためにジャンの求婚を受け入れるが、彼女の愛もまた土地に対して向けられていたため、ジャンにとって結婚は幸福なものではなかった。
 リーズとフランソワーズはいがみ合いを続け、ある日リーズはフランソワーズと揉み合っているうちに過失で彼女に重傷を負わせ、死なせてしまう。その現場をフーアンに見られていたビュトー夫婦は、真相の発覚を怖れて間もなくフーアンをも焼死に見せかけて殺す。妻も土地も失ったジャンは、農民たちの貪欲に絶望しながら、折しも近づいてきたプロシアとの戦争に参加するべく、ボース平野を去る。

主な登場人物

ジャン・マッカール
 本作の主人公。兵役に行っていたが、戦いに嫌気がさして農民になった。マッカール家のなかではかなりおとなしい男であり、飲んだくれアントワーヌの息子らしさはあまりない。とはいっても時代や社会の影響は受けているわけで、雇い主の年若い愛人と一夜をともにしたり、お互い好意を抱いていたとはいえフランソワーズを強引にものにしてしまったりと、それなりのことはやっている。
フランソワーズ
 ジャンが好意を寄せる、ローニュ村の農民フーアンの姪。辛抱強く働き者だが、土地所有への執着はかなり強く、これがもとで姉と決裂、自分の農地の分け前を確保するためにジャンと結婚する。ビュトーに強姦された後、彼をけしかけた姉とその場で格闘になり、鎌の上に倒れて腹に致命傷を負う。それでも、代々親族へ土地を引き継いでゆくという観念に囚われており、とうとう最期まで夫に土地を譲ろうとしなかった。
フーアン
 ローニュの農民。大地にへばりつくようにしてひたすら働いてきたが、体が弱ってきたので土地を生前贈与して隠退。しかしこれが災いし、その後は、貪欲さだけはしっかり受けついだ子どもたちに邪慳にされ、ホームレスに近い生活を強いられる。土地所有欲だけに執着する蒙昧な農夫の苦悩と悲惨を体現した人物であり、実の子ビュトーに首を絞められて焼き殺されるという末路はあまりにもむごい。
グランド婆さん
 フーアンの姉の老婆。途方もないけちで、孫のパルミールとイラリオンを牛馬のようにこきつかって財産をためている。さらに他人の財産争いに出しゃばって、火のついたいがみ合いに油を注ぐのが趣味で、自分が死んだときのために、紛争が起こるようにわざと仕組んだ遺言を用意しておくという念の入りようである。80歳を過ぎて孫に強姦されかかり、反撃して殴り殺すという凄まじい婆さん。
イエス・キリスト
 フーアンの長男、本名イヤサント。髭面がイエスに似ているというのでこの綽名がついた。密猟で生計を立てている無頼ものながら、兄弟のなかでは最も親思いである。相続した土地はすぐさま売り払って酒代にしてしまう。五歩歩くたびに片足を上げて屁をぶっ放すというハチャメチャな人物であり、ろうそくの火を12本連続で屁で吹き消した記録をもつ。娘の貞淑にはうるさいのだが、娘にはいつも出し抜かれている。
トゥルイユ
 イエス・キリストの娘、本名オランプ。ゾラの全作品の中でも一、二を競う、途方もない放埒娘。いつも物陰で「ひっくりかえって、男を上にのっけている」が、常に自分の意のままにふるまい、甘えや嬌態などの娼婦らしさはまったく見せない。鵞鳥を飼い慣らし、他人の畑の作物を盗掘するのが仕事というとんでもない生活を送る。父とならび、この作品で最も魅力的な人物と言えよう。ジャンには好意をもっている。
ビュトー
 フーアンの末子。フーアン家に伝わる土地への飽くなき執着を一身に体現した男で、そのうえ激しい金銭欲と性欲をも持つ。姉と結婚し、妹をものにすれば姉妹の土地の両方を手に入れられる、などと考える点がすでに尋常でない。土地欲しさにフランソワーズを強姦したり、へそくり欲しさに父を殺したりと、もうやりたい放題の悪党であるが、因襲の残る農村社会では、身内をかばう心理のため、官憲に告発されることはない。
ウールドカン
 ローニュ村村長、ボルドリー農場の主。ジャンの雇い主。化学肥料を試してみたり、耕作機械を導入してみたりと、農法の改革にいろいろ挑戦するが、なかなか効果をあげられない。その原因のひとつは作男たちがこういう新技術を信用していず真面目に利用しないところにあり、つまるところ農村の因襲の壁にぶつかっているのである。国内農業保護関税論者で、アメリカからの安価な輸入小麦に危機感をつのらせている。
コニェット
 ウールドカンの愛人。もとはボルドリー農場の女中の少女だったのだが、なぜかウールドカンを魅了して愛人となる。彼の遺産を手に入れるためにも、愛人ではなく後妻の地位に収まろうと画策する一方で、性欲のはけ口は農場の雇い人たちでまかなう。しかし、遊び相手のひとりであった愚直な下男のトロンが本気で彼女にいれこんでしまい、嫉妬に駆られた彼の放火によって農場は灰燼に帰す……。
ゴダール師
 ローニュの隣村バゾッシュ・ル・ドワイヤンの教区司祭。ローニュには司祭がいないので、日曜日ごとにローニュにも通ってミサを執りおこなう。短気で、ローニュ村の人々が信心深くないのでいつもかんかんに怒っている。ビュトーの子の洗礼に呼ばれたところ延々と待たされて、「野蛮人の子供など、どぶへつけて、洗礼するがいい!」などとかんしゃくを起こすところは、聖職者にしてはけっこう人間的で、私は好感がもてるのだが。
カノン
 パリからやってきた流れ者。あちこちの農場で日雇い労働と乞食を繰り返しながら、急進革命思想を吹聴してまわる。いい加減とはいえパリの情勢を知っているようなので、農民たちからは怖れられている。『ジェルミナール』でいうとスヴァーリン的な位置づけの人物だが、演ずる役割はそう大きくない。イエス・キリストと意気投合し、結局は酒を飲んでくだを巻いているだけの男である。
 
 

翻訳文献

田辺・河内訳はやや古い訳文であるが、読むには十分である。ほかに選択肢がないので文句を言ってはいられない。

 書名訳者発行所発行日訳文備考
 「ルーゴン=マッカール叢書」セレクション10 大地犬田卯本の友社2000/07/10C
昭和6年改造社版の復刻
推薦大地(上・中・下)田辺貞之助・河内清岩波文庫(上)1953/02/05
(中)1953/04/25
(下)1953/06/05
B下巻にあとがき
訳文:A=現代的かつ平易・B=やや古いまたは生硬・C=非常に古い

関連事項

DATA:『大地』
書評:『大地』

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もっと双書を! ―次に読むべき巻

第13巻『ジェルミナール』農民と労働者、本作と一対をなす重要作品。
双書中、本作とワンセットで読む意義が大きいのが『ジェルミナール』であろう。『ジェルミナール』と『大地』は、(1)よそ者が主人公である点、(2)その土地の人々の境遇改善が社会問題として扱われる点、(3)最後に主人公が挫折してその土地を去る点、などで共通しており、それぞれ当時の労働者問題・農村問題をするどく追究した作品となっている。質・量ともに、ゾラの社会派小説の双璧と言っていい。

第19巻『壊滅』ジャン・マッカールその後。
主人公ジャンのその後が気になるならば、双書最長編『壊滅』へ読みすすむことになろう。ボースを去ったジャンはふたたび兵士となり、普仏戦争、パリ・コミューンに参戦する。マッカール家の人々の運命は概して苛烈だが、なかでもジャンの運命は波乱に満ちている。激しい時代の波に翻弄され続けた彼の人生は、やがて安息へたどり着くことがあるのだろうか?

第12巻『生きる喜び』雄大な自然描写。
自然風景の描写に着目するならば、本作と『生きる喜び』との比較が興味深い。『生きる喜び』が広大な海原を力強く描写しているとすれば、本作では「麦の海原」とも言うべき遠大な麦畑の描写が美しい。ただし、『生きる喜び』の海のほうが人間にとってより厳しい存在として描かれている。

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