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抜粋集 - 第11巻『ボヌール・デ・ダーム百貨店』

オクターヴ・ムーレ

『復讐されることは知つて居るでせうね?』
『誰に?』とムーレーは訊ねた。彼は會話の落付を失つて居た。
『勿論夫人に。』
 それを聴いてムーレーはすつかり陽氣になつて其の慾情的な性質を現した。肩を聳しながら、彼は彼女等が自分が財産を造るのに用が無くなりさへすれば空つぽの袋のやうにいくらでも投げ棄てて顧ないと公言するのであつた。
(2章、44ページ)

オクターヴの女性観。

『(……)勿論金儲けばかりが全部ぢやないが、生知りの學問で自由職業と言ふ奴に閉じ籠つて飢えるか飢えないの境をうろついて居る哀れな者と、商賣と言ふ奴を心得て奮闘して居る實際的の人間がある。僕は躊躇はずに前者より後者を撰ぶよ(……)』(3章、92ページ)
オクターヴの仕事観。

『人生で一番大きな事は意志と行為とだ。換言すれば創造する事だ。』(3章、94ページ)
(107-108ページ)

オクターヴの人生観。

『心配はして呉れるな。何に一寸した串談だよ。僕を虜にするやうな女は未だ生れてないよ、えゝ君。』――オクターヴ(353ページ)
オクターヴのうぬぼれ。

『君が今日苦るしんで居るより、もつと悪くしないやうに! 君は君の金以外の他の何かを失うだらう、然うだ、君は君の一部を失ふ。』――アルトマン男爵(448-449ページ)
うぬぼれるオクターヴに対して。アルトマン男爵は物語に深く関わるわけではないのに、ときどきハッとするようなことを言うのである。

『私は彼女を愛す、而して私は彼女に打ち勝つ!』と彼は云つた。『然し若し彼女が私を逃げたら、君はどんな位置に僕が自分を癒すために置くか分るだらう! 活動し、創造し、運命に對して戦ひ、彼等を征服したり、彼等に襲はれたりする、總て人類の健康と喜びはその中に在る!』――オクターヴ(457ページ)
ドニーズに受け容れてもらえないオクターヴの必死の抵抗。しかしドニーズには打ち勝てなかった。

ドニーズ・ボーデュ

『いいえ、あなた。』とドニーズは答へた。そして其の考は如何にも莫迦らしかつたので彼女は吹き出さずには居られなかつた。其の笑ひはすつかり彼女の顔立を變へた。見る見る頬は紅潮して、少し大きな口のまわりに微笑が漲り、顔中が輝き渡つた。灰色の眼は優しい炎が燃え、両頬には愛らしい靨が出来た。そしてその軽やかな巻毛さへ如何にも正直な、勇敢な快活さを全身に撒き散すやうに見えた。(2章、77ページ)
ドニーズの魅力。それまで垢抜けないと思っていた相手が、ふいに新鮮な魅力を発揮しはじめるのに気づくというのは、理解できる気がする。

『さうよさうよ、驚くものぢやないわ、妾たちは貴女の一言が此の店を革新させるつてことを知てるんですもの』――ポーリーヌ(466ページ)
ドニーズは従業員の不満を汲み取ってオクターヴに提言する役割を担うようになる。

彼女は婦人が持つ善のあらゆる物を所有してゐた――勇気、快活、無邪気である。(471ページ)
とのことである。ゾラによれば。

『えゝ、女の忠告つてものは、どんなにその女が賤しいからうとも、少しでも知識のある時は、傾聴する価値がありますわ、若し、貴郎が妾の勝手に貴郎をおさしづするとも、貴郎はきつと妾がたゞ貴郎をよくばかり致して上げる事を御知りになりますわ』――ドニーズ(12章、499ページ)
ドニーズによるオクターヴの性格改善。

此の實際的の憐みこそ彼女を促してあらゆる種類の街路椿事の犠牲者、傷いた犬、倒れた馬、屋根から落ちた瓦職人等の様な者に同情させるものであつた。(537-538ページ)
ドニーズの性格。

ボヌール・デ・ダーム販売戦略

『成程、その品では幾銭かの損になるかも知れん。然し、若し其の變りに女と言ふ女を此の店へ集め、その同情を得、眼を迷わすやうな店の商品を見せて、否や應なしに財布をはたかせる事が出来たら何んでも無いぢやないか。』――オクターヴ(2章、52-53ページ)
店が混雑していれば、それだけでもたしかに商店としては魅力が出るのだろう。

女と言ふものは何でも商人から廉くかすめ取つたとさへ考へれば二重に喜ぶものである。ムーレーはその廉い物と言えば買はずには居られない女の本性を知つて居た。(114ページ、強調は引用者)
女の本性なんですか、それ。私にはわからないけれど。

彼は女と云ふものは廣告に對して全く無力であり、雑沓の中に其の心を奪はれるに違ひない者だと断言するのであつた。且つ又、彼は偉大なる倫理學者の如く、女の心理を解剖しながら、益々女に對して蠱惑的な罠を設けるのであつた。かくして彼は、女が大安賣に對して全く反抗することが出来ないと云ふことを発見した。即ち女が、廉い物を見たと考へた時はいつでも、必要もないのに夫れを買ふものであると発見したのだ。(346ページ、強調は引用者)
同上。

新らしい制度によつて、仲買人がなくなつた。そしてこの事は非常に商品を安くした。尚ほその上製造業者は大商店が無くてはやつて行かれなかつた。それは彼等の中の一人が顧客を失ふや否やきつと失敗するからである。結局これは自然的商業上の進化である。(311ページ)
デパートの発展による小売商の衰退。

生き物に擬せられる「ボヌール・デ・ダーム」

売場のがあがあ云ふ響以外に、頭に残るものは、たゞ巨大なる巴里――間断なく顧客を供給する偉大なる巴里の無際限がずつとその周りに押し廣がつてゐるのだと云ふ意識ばかりであつた。重苦しい淀んだ空気の中で、暖房装置の蒸気に蒸された織物の匂が高く鼻を突いた。そこには凡ての音響――絶えず床を踏む音、何百囘となく勘定臺の周囲にくりかへされる話し聲、間断なく地下室に吸ひ込まれる商品を積んで運搬車の軋り――是等凡ての音響は、互に相錯雑し、相合成して一つの不思議なオーケストラを奏してゐた。(160ページ)
ボヌール・デ・ダームの擬人化。ゾラの得意とするところである。

その他

『しつ! 十七!』と彼は急いで仲間に囁いた。そして其の符諜でムーレーとブールドンクルとがやつて来たことを知らせた。(2章、64ページ)
こういう職場内用語って、どこにでもあるよね。上司が見回りにきたことを知らせる符丁があるかどうかはともかくとして。

『多分、両方でせう!』――アンリエット(オクターヴの愛人がクララかドニーズがわからなくなって、386ページ)
激情にかられたアンリエット、その一。

デフオルジユは鏡に彼女を映してもう一度劇しい言葉を発した。
『何てわからないんでせうね、お前さんは、前のよりずつと合はないわ。ご覧なさいな。胸なんぞはこんなに堅いぢやありませんか。まるでぴしよぬれになつた看護婦見たいじやありませんか。』ドニーズはもう耐へ切れなくなつて一寸言葉を荒れ立てた。『貴女様は少しお肥り過ぎてゐらつしやるんです、奥さん。さうかと云て、まさか貴女様をお痩せさす譯には参りませんし。』
(453ページ、強調は引用者)

激情にかられたアンリエット、その二。ここではドニーズを辱めようとしてわざと注文をつけたのだが、肥りすぎていると指摘されて、アンリエットはこの後かんかんに怒るのである。

『夫は彼の血統の中にある遺傅に違ひない。彼奴の親は放蕩の揚句先年死んでしまつた。』――ボーデュ(失踪したコロンバンを評して、515ページ)
この作品で遺伝に言及した唯一の箇所(だと思う)。

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