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抜粋集 - 第14巻『制作』

クロード関連

「いまおれの感じていることといえば、あのドラクロワのロマンティックな大装飾画が崩れ落ちようとしていることと、クールベの暗い絵が、陽の入らないアトリエでかびが生え、すでに悪臭を放っているということだけなんだ。分るだろ。とにかく太陽が必要なんだ。外光がね。明るくて若々しい絵画、真実の光に照らされたありのままの事物や人間の姿が必要なんだ。それじゃ、われわれの絵とはどういうものか、つまりわれわれの世代の人間がどういう絵を描き、ながめるべきなのか、そこのところがおれにはどうしても言いあらわせないのだ。……」
(上巻75ページ)

絵画の新しい潮流を生み出そうとするクロードの苦悩。

「ああ! 生命だ! それを感受し、それを生きいきと表現するのだ! ひたすらに生命を愛し、そこに唯一の真の美、永遠でしかも変化してやまない美を見出すのだ! 去勢して高貴なものにするといった考えこそばかげており、排除すべきだ! いわゆる醜悪とはたんに性格の表象にすぎぬことを知るべしだ! 何よりも生命あらしめるのだ! 人間を創造するのだ! これこそ神となる唯一の方法だ!」
(クロード、上巻147ページ)

これはクロードのセリフだが、同時に、ルーゴン・マッカール双書がこの巻あたりから向かい始める新しい傾向をも表明しているように思える。

 だが、この幻覚のなかでも、そしてパリで駆け廻りたいという欲求にさいなまれながらも、彼の心中には、パリへの帰還を執拗に拒絶するものがあった。それは、彼自身でもまったく説明のつかない、身体の深部からわきあがってくる不本意な矛盾だった。−−これは、勇者の肉をもおののかせる恐怖なのか? 幸福とむごい宿命との暗闘なのか?
(上巻313ページ)

パリへの帰還をためらうクロード。芸術家であることと幸福であることは両立しがたいのだろうか?

 そもそも、生きた女を創造するために、なにかが彼に欠けているのだろうか? なにも欠けていないといってよい。あちらこちらにと迷いゆらいでいるだけなのだ。ある日、彼のことを「不完全な天才」とうわさしているのを、彼はたまたま耳にしたが、そのことばは、彼の自尊心を満足させると同時に、恐怖心をもかき立てた。じっさい、まったくそのとおりなのだ。彼を苦しめている神経の平衡障害は、ある物質的要素の何グラムかが多すぎるか少なすぎるために生じているのであるが、その遺伝的疾患が、彼を偉大な天才とするかわりに狂人にしようとしているのだった。
(下巻94ページ)

クロードがジェルヴェーズの息子、アントワーヌの孫であることを思い出させる、数少ない描写のひとつ。

 クリスティーヌは、苦悩と驚きと怒りに支えられ、辛うじて立っていた。身体がこわばり、のどからはただうめき声が、たえまなくもれるだけだった。ようやく腕をひろげるや、両こぶしをにぎりしめて絵の方に突き出した。
「ああ、クロード! ああ、クロード!……この女があなたを奪い、あなたを殺してしまった。この淫売女め!」
 ひざがぐらつき、よろめいたと思うや、彼女は床にばったりと倒れた。過度の苦しみが彼女の心臓から血を奪い去っていた。芸術の狂暴な絶対権に打ち砕かれ、使い古しのぼろぎれ同然、床の上で死んだように気絶したままだった。彼女の真上では、絵の女が偶像のごとき象徴的な輝きを燦然と放っていた。絵は、狂してもなお不死の姿で屹立し、勝ち誇っていた。
(下巻301ページ)

クロードの死。「芸術の絶対権」を象徴するかのような絵の中の女に、現世的価値の担い手である妻クリスティーヌが破れる。本作においては、ゾラはこの絵を擬人化したのだと言えよう。

サンドーズ関連

「……ああ、もし人がおのれの全人生を作品に投入できれば、どんなにすばらしいことか! しかもその作品に、人間も動物も事物も、この世のすべてを織りこむのだ! 哲学教科書の体系どおりなんかじゃなく、またわれわれの高慢さが生みだしたばかげた優劣の価値体系にもよらない、全宇宙の生命の豊かな流れの中で捉えた世界をだ。(中略)……もちろん、小説かも詩人も拠り所としなければならないのは科学だ。科学こそ、現代の唯一の源泉なのだ。」
(上巻76-77ページ)

小説家としてのサンドーズの抱負。ゾラの小説観の反映とみなすこともできよう。

「さあ、仕事にもどりましょう」
(サンドーズ、下巻321ページ)

結語。理想の芸術への道は遠いが、それでも前へ進むしかない、というゾラの決意をうかがわせる。

その他

そう、頭を使う仕事はだめなの。反対に、手足を使う仕事なら楽しくてたまらないの。若木のように生き返らせてくれるのよ。(中略)いまだって、ヴァンザード夫人の家で、もしもほこりまみれになって動き廻れたら、たいくつなどしないでしょうに。でも、そんなことをすれば人は何と言うでしょうね? すぐに淑女(ダーム)から転落よね。
(上巻178ページ)

クリスティーヌ。

 イルマはあいかわらずそっちのけにされていたが、群衆のなかでもいちばんふざけている一団の中に、顔見知りの二人の相場師がいるのに目をとめるや、彼女はその二人をたしなめ、クロードの絵をほめちぎるように、色目を使って言いふくめるのだった。
(上巻236ページ)

イルマ。この女は謎めいたところがあるかと思うとやけに情に厚かったりして、実に不思議な魅力を放っている。

「かわいそうに、あまり楽しくなかったのね、あなた。かくさなくったっていいわ。ちゃんと分かってよ、わたしたち女には。……でもわたし、ほんとに楽しかったわ、とっても!……ありがとう、大感激よ!」
 これが初めで終わりだった。たとえ彼が大金を積んでも、彼女に二度と同じことをさせるのは不可能というものだった。
(下巻107ページ)

クロードと一夜を過ごした後で、イルマ。やっぱりこの女、よくわからない……。

「なにもかも忘れてただ愛し合う暮しがどんなにすばらしいことか、あなた分ってよ。……朝は大きなベッドでぐっすり眠るの。それからお日さまを浴びての散歩。そしておいしい昼食をいただき、午後はゆっくりとくつろぎ、夜はランプの下で過ごすのよ。もはや妄想で苦しむことはないわ。あるのは生きるよろこびだけよ。」
(下巻286ページ)

現世に生きるクリスティーヌの、懸命の説得。彼女の言う「生きるよろこび」は、いっときクロードを説得し得たかのように見えたのだが……。

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