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ミュッセを読む 生涯と年譜 中編 短編
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戯曲 - ミュッセ

マリアンヌの気紛れ
Les Caprices de Marianne, 1833
[あらすじ] 司法長官の妻マリアンヌに想いを寄せるセリオは、友人で司法長官のいとこであるオクターヴに仲立ちを頼む。もともと貞淑なマリアンヌは夫の執拗な猜疑心にあてつけるため気紛れにセリオとの密会を承諾するが、夫のクロゥディオは密会の現場を押さえるため剣客を雇っていた。そして逢い引きの場に現れたセリオに悲劇がふりかかる。
戀と死だよ、オクターヴ、それがお互いに手をつなぎ合っているんだ。戀とは、此の地上で人間がめぐり逢うことの出来る最も素晴しい幸福の源泉だ。死は、あらゆる苦しみに、あらゆる不幸にけりをつけるものだ。
(セリオ、2幕2場、翻訳文献4、38ページ)
貞節だとか誓約だとか、考えてみると随分おかしなものじゃありません? やれ娘の教育だとか、心の誇りだとか、そりゃ心というものは何かの価値があるものと思われてるけど、それも結局他人の尊敬を得たい一心に、まず自分で自分を尊敬し始めるってだけのことじゃないかしら?
(マリアンヌ、2幕4場、翻訳文献4、44ページ)
心理 事件
恋の気紛れが不幸を招く、という結末をもつ点で『戯れに恋はすまじ』と共通する。ところで、ミュッセ自身はどちらの作品も喜劇と位置づけているようなのであるが、この終わり方でどうして「喜劇」なのだろうという感が拭えないのは私だけであろうか。
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DATA:『マリアンヌの気紛れ』

戯れに恋はすまじ
On ne badine pas avec l'amour, 1834
[あらすじ] 学業を終え、婚約を交わしていた従妹のカミーユと10年ぶりに再会したペルディカンは、カミーユのすげない拒絶にあって失望する。カミーユは修道院で恋に対する不信を植えつけられていたのだ。そのことを知ったペルディカンは面当てのためカミーユの乳姉妹のロゼットに戯れに結婚の約束をするが、ロゼットはこれを本気にしてしまう……。
心理 事件
恋愛心理分析の精密さでは、ミュッセの作品中ほかに類を見ない。
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DATA:『戯れに恋はすまじ』

バルブリーヌ
Barberine, 1834
[あらすじ] ハンガリーの女王に仕えるため王宮へ伺候した若きローゼンベルク男爵は、ボヘミアの貴族ユルリック伯爵の妻を軽率にも侮辱したことから、彼女の貞淑いかんをめぐって全財産をかける羽目になる。ローゼンベルクは伯爵の城を訪れ、留守をまもる妻バルブリーヌを誘惑するため手管を尽くすが、逆にバルブリーヌに手痛くあしらわれる。
世の中で成功するためにはですな、ローゼンベルグ侯、この三つの金言をよく肝に銘じて置くべきですよ。つまり、見るは知る也。望むは出来る也。あえて行うは得る也とな。
(騎士、1幕4場、翻訳文献4、94ページ)
哲學者達がよくいってるじゃありませんか。例のラテン詩人のいうように。羽根よりも軽きものあらんや? 埃あり。――埃より軽きものは? 風なり。――風よりも軽きものは? 女なり。――女より軽きものは? 無し、と。
(ローゼンベルグ、2幕1場、翻訳文献4、108ページ)
心理 事件
ミュッセの描く人物には珍しいとされる貞淑な人妻の話。登場人物が多い割にはテンポよく展開する。
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DATA:『バルブリーヌ』

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