16世紀はルネサンス(Renaissance)の時代であった。ルネサンスとは、(1)古代文化の再発見(原典主義)、(2)人間に対する信頼の回復、を本質とする古代文化・古代芸術の復興運動である。これは文学においてはユマニスム(人文主義)として表れ、中世封建秩序を大きく変容させていく使命を担った。
同時に、聖書から直接キリストの教えを汲もうとする動きが、ドイツのルター、オランダのエラスムスなどによって始まり、中世封建社会を揺るがすもう一つの力、すなわち宗教改革(Réforme)を形成する。しかし、宗教改革はやがて激しい宗教弾圧と宗教戦争をもたらし、フランスの国土を荒廃させることにもなる。
フランスの16世紀は、中世を脱却しつつ17世紀絶対王政への橋渡しの役目を担う、混沌と苦難の時代であった。
学問・芸術を奨励し、宗教改革者にも好意的であったフランソワ1世(François I)の治下、フランスにもまたルネサンスの花が開く。1530年、フランソワ1世により現在のコレージュ・ド・フランスの基礎となる高等教育機関が創設されると、古典ラテン語、ギリシア語、ヘブライ語などが教えられ、ユマニスム(humanisme)の本拠となった。カルヴァンらによって推進された宗教改革もこれに歩調を合わせ、文芸復興の時代が始まる。フランスはこの時期、偉大なユマニスト、ラブレーを生んだ。
マルグリット・ド・ナヴァール|デ・ペリエ|マロ(クレマン・)|ラブレー|カルヴァン |
1534年、檄文事件(Affaire des Placards)をきっかけにしてフランソワ1世の態度は硬化し、宗教弾圧へと転じる。続くアンリ2世(Henri II)の治世(1547-1559)において、ユマニスムは次第に宗教改革と袂を分かち、古代の文献に沈潜する傾向を強めた。
イタリア詩や古代詩の影響を受けたリヨン派(L'Ecole lyonnaire)・プレイヤード派(la Pléiade)と呼ばれる詩人の一派が現れ、後者に属するデュ・ベレー、ロンサールなどが、古代詩に匹敵する詩をフランス語で書くことを試みた。
詩 | リヨン派 | セーヴ|ラベ |
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プレイヤード派 | デュ・ベレー|ロンサール | |
演劇 | ジョデル|ガルニエ(悲劇)|ラリヴェー(喜劇) | |
その他 | アミヨ|パーキエ(法律)|エチエンヌ(文法) |
1560年アンボワーズ陰謀事件を契機に、フランスには宗教戦争の嵐が吹き荒れる。これはアンリ4世(Henri IV)によるナントの勅令(1598年)まで続くが、この間、乱れた世相を反映して、モンリュックやドービニェに代表される「戦いの文学」が栄えた。その一方、ルネサンス精神が成熟を迎え、ルネサンス最大のモラリスト、モンテーニュが登場する。
ドービニェ|モンリュック|モンテーニュ |
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