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産業的協同社会的新世界

弁証法でユートピアを基礎づけようとした空想的社会主義の独創的著作。
François-Marie-Charles Fourier "Le nouveau monde industriel et sociétaire", 1829
五島茂・坂本慶一責任編集『世界の名著42 オウエン サン・シモン フーリエ』(中公バックス1980年)所収(田中正人訳)


【1】 19世紀初頭フランスの空想的社会主義者、フーリエ(1772-1837)の著作。産業革命を迎えようとする19世紀フランスにあって、資本主義の悪弊を回避しつつ産業的発展を目指すために、情念引力および情念系列(série passionnée)という概念を基礎としながら理想社会ファランジュの構築プランを描き出した社会思想の古典的作品である。

抽象的・弁証法的
 ひとことで言って、本書は難解である。オウエン、サン・シモン、フーリエの三人は、マルクス・エンゲルスによって「空想的(ユートピア的)社会主義者」という位置づけを与えられて以来、三人セットで扱われることが多いが、後の世に大きな影響力を残したオウエンなどと比べると、フーリエの思想は現在ほとんど知られていない。おそらく、これにはフーリエの思想の難解さが一役かっている。この『産業的協同社会的新世界』(1829年)はかれの晩年の作品であり、1822年の『家庭的農業的協同社会概論(Traité de l'association domestique-agricole)』を簡潔に要約したものとしてフーリエの著作の中では特にわかりやすいとされているが、とてもそうとは思えないほど、難しい。
 この難解さの原因のひとつは本書の構成の高度な形式主義にある。本書は序文と全七部で構成され、一つの部がそれぞれ二つの略述を含み、一つの略述がそれぞれ四つの章を含む。この階層構造が全巻を通じてきっちり守られており、同時代のヘーゲルを連想させるような形式主義的な著作になっている。内容の面でも弁証法的な論法が目立ち、抽象的・形式的な議論が多い。

フランスにおける空想的社会主義
【2】 空想的(ユートピア的)社会主義は、19世紀の前半に最も力を得た社会思想の一潮流であり、歴史的には、資本主義と科学的社会主義との橋渡し的な役割を果たしたとみられている。産業革命(18世紀後半以降)の進展につれて明らかになってきた資本主義の悪弊を、改良主義的手法を通じて克服しようとすることを基本的な特徴とし、弊害のない理想的な資本主義の姿をひとつのユートピアとして提示する。その背後に流れる主たる動機は労働者の地位改善であり、これにより資本家階級と労働者階級の協力、飛躍的な産業的発展の実現などを展望した。その妥協的性格は科学的社会主義の立場から批判され、また、産業の成長への無邪気な信頼は近代初期の思考を依然として引き継いでいるとはいえ、近年、社会主義体制の崩壊に伴って再びその価値が確認されてきている。
 このような思想が19世紀前半において、すでに産業革命のさなかにあったイギリスのみならず、これから産業革命を迎えようとするフランスでもまた開花した点は興味深い。この点に関し、イギリスにおける空想的社会主義が現実の諸問題への取り組みの中からいわば必要に迫られて生まれてきたのに対し、フランスのそれはイギリスの現実を教訓として、弊害を伴わない産業革命をこれから展開していこうとする動機に基づいていた、とする解釈には説得力がある。実践的・経験的なオウエンの社会思想と、サン・シモンやフーリエの抽象的・形式的な傾向の強い議論とを対比してみれば、このことはいっそう納得がいくであろう。

情念引力の思想
 さて実は、本書にはより長い正式な題名がある。『産業的協同社会的新世界、つまり、情念系列のうちに配分された、魅力的自然的産業の方法の発見』というのがそれである。極論すると、この題名はそれだけで本書の基本思想をそのまま要約している。すなわちフーリエの主張とは、情念引力の発見と活用により人々が労働に魅力を感じ、自然に労働に向かうようにすることができるのであり、これによって多大な産業的発展を達成しうる協同社会を形成することが可能となる、ということなのである。
 本書の基本的な構想は序文において簡単に要約されている。そもそも上掲の文献は本書の序文のほかいくつかの章を訳出したのみの抄訳なのであるが、ともかく序文を読むことによって、フーリエの主張の大要を掴むことはできると考えられる。

発展段階説――転倒した文明から正立した協同社会へ
【3】 フーリエは人類の発展について一種の発展段階説をとった。かれは未開→家長制→野蛮→文明という諸段階を設定して、現在の人類は文明の段階にあると考える。この段階では、大規模産業が登場し、高度の科学・芸術の創出がみられるものの、農業の分散細分化や虚偽的商業といった誤謬がまかり通り、文明の次の段階である協同社会機構へ至る方法は未だ発見されていない。
 文明段階から協同社会段階へと至るこの方法の発見こそが、フーリエの課題でありまた本書の与える解答である。それは情念引力の研究によって導かれるとフーリエは言う。情念引力(attraction passionée)とは、当時、物理学の分野で大きな影響力を発揮していたニュートンの万有引力の法則との類比によってフーリエが発見したと称するもので、人間の情念に対して働く引力、すなわち人間の欲求や嗜好のことをいうものと思われる。現状(文明段階)においてはこの情念引力の法則はほとんど知られず、人間の欲望は単純に悪と考えられて道徳により抑制されているため、富が虚言によって得られ、禁欲が英知の証と見なされる転倒が起こっている(monde à rebours)。これに対して「正立した社会(協同社会)」(monde à droit sens)では、情念(意欲)が適切な社会的配置を与えられる結果、真理と正義・英知は富や栄誉と一致し、厖大な生産力をもった協同社会が実現するとされる。

ニュートン物理学とのアナロジー
 フーリエはこれをニュートンの発見と類比して神の摂理とみなし、協同社会は正義と富を一致させてあらゆる階級を満足させると主張する。かれは物質的秩序(monde matériel)と社会的世界(monde sociale)とを類比しつつ、前者において「惑星間の結合的な秩序」と「彗星間の不統一的な秩序」の類比が存するのと同様に、後者においても「富と正義が一致する協同社会」と「富と正義が一致しない文明社会」との類比があると見るのである。

近代的信念の継承者
 しかし、このような大げさなタームに惑わされずに読めば、フーリエの主張はそれほど難しいことではない。要するに、富を追求しようとする意欲を積極的に評価しつつ、適切な方法によるその解放によって正義ある経済発展を実現しようとするのがフーリエの立場なのであり、それは本来の資本主義的理想への回帰にほかならないのである。フーリエ自身の自己規定にもかかわらず、かれと近代初期の道徳・経済思想家(マンデヴィルやアダム・スミス)との間に多くの共通点が見出されるのは、そのためである。

正しい資本主義のために――四つの基本的条件
【4】 しかし情念引力の観念だけなら、フーリエは資本主義の単純な擁護者にすぎない。このような伝統的な資本主義的思想に基礎を置く一方で、あくまで「(空想的)社会主義」としてフーリエの思想が位置づけられるのは、産業的資本主義の現状がはらんでいるさまざまな弊害にフーリエが直面し、その分析と解決を目指しているからである。協同社会を可能にするための基本的条件としてフーリエが提示する四つの項目は、全般的に抽象的・理念的な傾向の強い本書の中で、現状に対するかれの具体的認識を示す点で、重要な意味をもっている。
 フーリエによると、社会が生産力を増大させながらこれを骨抜きにされないためには、四つの条件を満たす必要がある。

  1. 産業的魅力
  2. 比例的配分
  3. 人口の均衡
  4. 手段の節倹

の四つがそれある。産業的魅力とは、労働が人々にとって魅力的な(情念をひきつける)ものであるべきことを意味し、これは情念引力の観念から導かれる中心的思想である。しかし生産力の増大は、その成果の公正な分配を伴わなければならない。これが比例的配分の問題であって、フーリエによると配当金は資本・労働・才能に対してそれぞれ4:5:3の割合で分配される。さらに、人口の無制限の増加は生産力の増大を無意味にする危険があるのでこれを抑制する方策がとられねばならず、また生産に要する手段を節約する工夫が考案される必要がある。

社会政策提案の宝庫
 これら四つの条件を論ずる箇所においてフーリエの叙述はにわかに具体性を帯び、社会政策の豊かなアイデア集といった観を呈する。特に手段の節倹に関してフーリエは、漁の合理化・真実に基づく商業・統一言語・公共土木事業・栽培技術の改良・健康の増進、といった多くの提案を行っており、このことが、社会思想史上においてフーリエの位置を明確に措定する最大の決め手になっている。本書の議論のうち、フーリエが普遍性を志向した抽象的な部分は、あまりに強引かつ弁証法的な傾向が強く、こんにち妥当性を失っているように思われるが、これら具体的なアイデアは、現在なお私たちの興味をひくものと言えよう。

ファランジュ――産業的協同社会的新世界
【5】 フーリエはこうした資本主義の弊害の分析に立脚して、理想的な共同体「ファランジュ(phalange)を構想する。19世紀フランスの現状に基礎を置きつつ、これに代わる新しい社会(協同社会)を構想し、さらにその実現に向けての実験プランを考案した点において、フーリエはやはり、典型的なユートピア的社会主義者であった。
 フーリエの構想する理想的協同社会ファランジュは1800名から成る結合体(réunion)である。そこでの労働は

  1. 家庭労働
  2. 農業労働
  3. 製造業労働
  4. 商業労働
  5. 教育労働
  6. 科学の研究および応用
  7. 芸術の研究および応用

に分けられ、労働者はいずれかひとつに専念するのではなく、一日の時間を少しずつ複数の活動に割り当てることになる。これによって飽きっぽさという人間の情念の傾向が克服されると考えるのである。
 序文において展開された以上のような思想が、本書の第1章以下において逐次詳細に展開される。抄訳ではそのすべてを理解することはできなかったが、これら各論の議論では、煩瑣とも思えるほど詳細に具体的な事項を論じた部分や、弁証法的に体裁を整えようとして耳慣れない概念を提示して細分化してゆく部分など、必ずしも統一がとれているとは言えない叙述が入り乱れてゆく。このような乱雑さもまたフーリエという思想家の特徴なのであろうか。

結論と補足
【6】 いずれにせよ、本書も、またフーリエ自身も、いまだに謎の多い存在ではあるようだ。本書は決して易しい著作ではない上に、圧倒的に重要な作品であるとまでは言い難く、空想的社会主義の入門書とするのは適切でないであろう。(空想的社会主義について知りたいときは、まずオウエンを読むことをお薦めする。)とはいえ、フーリエの思想はそのいっけん奇異な体裁の中にしばしば重要な指摘・提案を含んでいることがある。フーリエの弁証法的議論を鵜呑みにすることは論外としても、たとえばスミス以後・マルクス以前というその位置づけを念頭に置きながら本書を読むならば、私たちがフーリエから受ける示唆は決して少なくないと思われる。
 最後に補足になるが、私が本書を読もうと思ったのは、エミール・ゾラが、近代的デパートの華々しい発展を描いたその著『ボヌール・デ・ダーム百貨店』(ルーゴン・マッカール双書第11巻、1883年)を書くにあたって、フーリエの思想から影響を受けたということを知ったからであった。『ボヌール・デ・ダーム百貨店』は、魅力的な商品が大量に集められ流通する、労働者と消費者とによる理想的な一大協同社会として近代デパートを描き出そうとしたもので、その主題は本書におけるフーリエの理想と基本的に一致する。ただ、ゾラが実際に影響を受けたというのが本書なのかどうか不詳であるだけでなく、本書じたいも抄訳をしか利用できなかったので、ゾラの作品との直接の関係までは見出すことができなかった。

ノート
字数:5000
初稿:2001/02/07
初掲:2001/02/08
リンク
DATA:フーリエ
DATA:『産業的協同社会的新世界』
中央公論社
参考文献・関連事項
コメント
 
本文=黒字 ・ 要約=赤字引用=青字

参考文献

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