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バタードウーマン

アメリカのDV問題についての包括的な問題提起と分析、そして解決への指針。
Lenore E. Walker "The Battered Woman", 1979
レノア・E・ウォーカー『バタードウーマン』(斎藤学監訳、穂積由利子訳金剛出版1997年)


【1】 本書は、アメリカにおけるバタリング、すなわち男性による親密な関係にある女性への暴力という社会問題について、その分析・実態・解決策を扱った、先駆的な書である。バタリングという新たに社会の表面に出てきた問題について、問題提起・理論的分析・事例報告・解決案の提出といった要点を一冊の中に簡潔にまとめてあり、この問題の概略を知るためには非常に適した論考となっている。
 この問題は日本でも近年ようやく、DV(Domestic Violence)として大きく扱われるようになってきたが、一般の理解にしても、また予防・解決措置にしても、如何せん立ち遅れがみられる。本書はアメリカですでに20年以上前に出版されたものだが、問題の要点を整理した標準的参考書として、日本の現状を理解するために、じゅうぶん役立てることができるだろう。

【2】 本書は「バタードウーマン」を次のように定義し、その原因の理論的分析にとりかかる。

「バタードウーマン」とは、男性によって、男性の要求に強制的に従うように、当人の人権を考慮することなく、繰り返し、肉体的・精神的な力を行使された女性を指す。バタードウーマンの対象になるのは、婚姻しているかどうかに関係なく、男性と親密な関係にあるすべての妻と独身女性で、カップルは少なくとも二回以上の虐待のサイクルを経験していなければならない。(9ページ)

暴力サイクルの理論
 バタリングを理解するための理論として、本書では二つのものが紹介されている。そのひとつが「学習性無力感の理論」、もうひとつが「暴力サイクルの理論」である。このうち後者のほうは、二人の関係がその中でそれぞれ異なる側面をもっている三つの時期の、周期的な繰り返しの形をとってバタリングが起こっていることを指摘するものである。ここではバタリングの起こっている夫婦の関係が「第1期・緊張の高まり」「第2期・激しい暴力」「第3期・後悔と愛情」に分けられ(第3期の後は再び第1期に戻る)、たとえば第3期には被害者自身が他人の援助を拒絶する傾向があり、バタリング阻止のために第三者が介入するなら第1期が適している、といった法則が示されている。
 いっぽう、前者の「学習性無力感の理論」は、バタリングを受けながら、それでもバタラーとの関係を継続する被害女性の心理に関する理論である。この理論は本書においてはバタードウーマンの心理を理解するための道具として提示されているだけだが、私は、これはバタリングに限らず他の様々な問題にも一般に応用可能な、すぐれた発想であると思う。

学習性無力感の理論
【3】 人間は状況から刺激を受けつつ、これに対して自発的反応をすることで状況をコントロールしようとする。この反応は、(1)何が起こるかに関する情報、(2)起こることに関する考えや認識表現、(3)起こることに向けての行動、という三つの段階で構成される。すなわち、正常な人間であれば、(1)殴られそうだという情報を得た場合に、(2)それはいやだという認識をし、(3)殴る者に対して拒絶ないし怒りを示してみせるという行動をとる。これによって、殴られることのないように状況をコントロールしようとするわけである。
 しかし、学習性無力感の理論によると、バタードウーマンの心理においては、(2)の認識の段階でこのプロセスが障害に直面するという。繰り返し暴力を受けることによって、自分の反応が状況に対して結果をもたらすことができない(逆らっても無駄)という誤った考えがここに導入される結果、認識障害・動機障害・心理障害が起こり、バタリングから逃れようという行動を起こす気をなくしてしまうのである。バタードウーマンがしばしばバタラーの男性を愛していると言ったり、関係の解消を怖れたりするのは、こうした「学習された無力感」に基づくものなのである。

【4】 このような考え方が、少なくとも社会心理学、大衆心理学といった分野に応用可能であることは一目瞭然であるだろう。状況に働きかけ変容させていく力量が自分にあるという健全な自信の喪失、既成の価値体系の無批判な受容といったものは、政治的無関心・官僚的制度への依存・コミュニケーション障害など、現代社会に生じている様々な問題の内部に共通してみられる構造である。またしばしば指摘されるように、おそらくバタラー自身もまた、何らかの点で無力感の虜となっているのである。「学習された無力感」という現象は、こんにち社会の至るところで非常に広く観察されうる事態なのであり、この無力感を解消する方策は、バタリングのみならず他の多くの問題の解決について、応用可能なものとなるだろう。

ノート
字数:1800
初稿:2001/01/17
初掲:2001/01/17
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