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きけ 小人物よ!

「普通の人々」の卑小さとその克服を訴える情熱的・闘争的宣言。
Wilhelm Reich "Rede an den Kleinen Mann!", 1945
W・ライヒ『ライヒ著作集3 きけ 小人物よ!』(片桐ユズル訳太平出版社1970年)


【1】 ギデンズ『親密性の変容』の文献リストから探り当てた本。私は不勉強にも、ライヒという人のことを知らなかったので、この機会に調べてみることにした。
 ウィルヘルム・ライヒ(1897-1957)。オーストリア生まれの精神分析学者で、フロイトとも交流があり、精神分析とマルクス主義の統合をめざして社会的抑圧から性を解放することを訴えた。1939年アメリカに亡命するが、やがて精神的な健康を崩し、性障害をすべて解消する「オルゴン・ボックス」なるものを発明したと称して売り出し、アメリカの薬事法違反で裁判中、法廷侮辱罪で投獄され、獄死。代表的な著書は『衝動的性格』(1925)、『オルガスムの機能』(1927、英訳1942)、『性格分析』(1932)、『ファシズムの大衆心理』(1933)、『性と文化の革命』(1945)など多数。(参照:平凡社大百科事典、1985)
 なんだか、とてつもなく破天荒な人のようである。

【2】 さて、そこで本書『きけ 小人物よ!』であるが、内容はまったく難しくなく、専門知識がなくとも読むことができる。私は予備知識もなしに読み始めたが、本書の情熱的な語り口に引き込まれて、いっきに読み終えてしまった。
 小人物たちに対するメッセージという形をとる本書の文章は、力と、激しい感情とにあふれて、私の胸に突き刺さってくる。
 本書が訴えかけるメッセージとは、「心を鎧で守ることをやめ、自分自身の率直な感情に帰れ」ということだ。私たち一人ひとりは、本来、偉大であるにもかかわらず、他人の意見や率直さへの不安によって閉じこめられ、自分で自分を隷属状態に陥れているのだと、ライヒは言う。私たちは自分が獲得してきた自由を守り育むこともできたはずなのに、自ら主人の選択を間違えて惨めな「小人物」になっているのだと。
 ライヒは私たちを問責する、なぜニーチェではなくヒトラーを選んだのか、と。なぜレーニンではなくスターリンを、イエスではなくパウロを、マルクスではなく国家を、ダントンではなくロベスピエールを、ウィルソンではなくロッジを、そしてガリレオではなく宗教裁判を選んだのか? 私たちが望みさえすれば、その逆の選択もできたはずなのに。

 あなたはえらぶことができた、イエスの偉大な素朴さ、またはパウロの、僧侶にたいしては独身を、あなた自身にたいしては一生の押しつけがましい結婚をとくおしえのどちらかを。あなたは独身主義とおしつけがましい結婚をえらび、愛だけでもってキリストをはらんだかれの素朴な母親のことを忘れてしまった。(13、113ページ)

 あなたは、ヒトラー主義者たちが何百万人の人びとを殺したあとでかれらを絞死刑にしたが、かれらが何百万人をころすまえにあなたはどうおもっていたか? 数ダースの死体があなたを考えさせるのにじゅうぶんではないか? あなたの人類愛をかきたてるには何百万の死体が必要なのか?(13、116ページ)

【3】 そしてかれは、猜疑と無力感とにかりたてられて争いを繰り返す人々に向かって、「人間であるという偉大さ」へと立ち返ることを訴えるのだ。安全保障に名を借りた元帥たちの火遊びは、ただ私たちが自分自身の仕事と愛に密着することで、やめさせることができるだろう、と。私たちを脅かすかに思える「各国の野蛮人」たちも、実は私たちと同じ「小人物」であるのにすぎないのだと。

 インフラトス殿下や、きらめくよろいの騎士は、軍隊も武器ももてなかったはずだ、もしあなたがはっきりと、畑は小麦をうみだすためにあり、工場は靴をつくるためにあるのであって、武器のためではなく、畑や工場は破壊されるために存在するのではないということをはっきり知っていて、この真理のためにたちあがっていたならば。(22、187ページ)

 あなたはあなたの兄弟たちを知ることができるはずだ、日本や、中国や、そのほかの野蛮国における小人物たちを、そして労働者として、医者として、農夫として、父または夫としてのあなたのただしい意見を知らせることができるはずだ。そしてついには、ただ自分自身の仕事と自分自身の愛に密着することで、いかなる戦争も不可能にさせることができる、ということをかれに納得させられるはずだ。(22、190ページ)

 あなたの生活が良く安定したものになるのは、いきいきしていることのほうが安全保障よりもたいせつだとあなたがおもうようになったときだ。(22、194ページ)

【4】 こうして、ライヒの小人物に対する訴えかけは、総まとめをなす第23節の感動的な名文に収束してゆく。

 あなたは偉大なのだ、おじいさんとしてあなたが孫を膝の上にだきあげてとおいむかしのことを語るときに、あなたがふたしかな未来を孫の信頼する子どもっぽい好奇心のまなこに見るときに。あなたは偉大なのだ、母親としてあなたが生まれたばかりの赤ん坊を眠らせるとき、また、目に涙を浮かべて、心からその子の未来の幸福を願うとき、また年月の一時間ごとに、あなたがこの未来をかれのなかにきずくとき。(23、199ページ)

 問題になるのはたったひとつのことだけだ。自分の命をじょうずに幸福に生きるということ。あなたの心の声にしたがいなさい、たとえそれが気のちいさい人たちの道からはずれることであっても。かたくなったり、にがにがしくおもったりしてはいけない。生きることがときにはあなたを苦しめるとしても。(23、200ページ)

ノート
字数:2200
初稿:2000/06/02
初掲:2000/06/03
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太平出版社
参考文献・関連事項
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参考文献

  1. アンソニー・ギデンズ『親密性の変容』(而立書房、1995年)
    感情革命のゆくえを問う社会学の傑作。本書について言及している。

関連事項

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