ムソルグスキーの代表作をモチーフにした傑作ゲームブック。
『展覧会の絵』(創元推理文庫、1987年)
【1】 『展覧会の絵』はゲームブックと呼ばれるものである。ゲームブックのなんたるかを一から説明することは結構めんどうなので、知らない人は各自調べるか聞くかしてください。非常に月並みな定義だけ掲げておけば「ゲームと本が合わさったもの」ということになる。要するに本を読むことによって一人で遊べるように作られているゲームである。 【2】 さて、本書『展覧会の絵』は、当時刊行されたゲームブックのなかでは最高傑作だと私が信じているものである。1987年に刊行された本書を私が実際に遊んだのは、もう少し遅れて翌年にはいってからで、たぶん15歳のころであった。これは私のゲームブック熱が下降線をたどりはじめる時期だが、そのなかにあって、本書から受けた強烈な印象は今なお忘れ難いものがある。簡単なルール、低めの難度をとりながら、そのストーリー性の高さによって、本書は見事なバランスを保ったゲーム小説になっている。サイコロによって大きく左右されるゲーム的側面よりも、謎の探求と真実の獲得のための過程を楽しめる小説としての側面に比重をおいている一方、たやすく結末に到達できるような、実質的に一本道のお粗末な作品とも一線を画し、クリアのためには注意深い選択を要求されるようになっている。ゲーム小説が目指すべきバランスの、ひとつの範を示していると言うことができる。 あらすじ (注)ゲームブックなので、読者が主人公という意味で「あなた」と表記される。ただし社会思想社のものではたいてい「君」。私は「君」のほうが好きで、自作のゲームブックではいつも「君」を使った。 【4】 この作品の中心となる謎、すなわち「あなた」自身の記憶に、大きく関わってくるのは、この「侏儒」をはじめとする10枚の絵である。それらの絵の題名は次のとおりとなっている。
これを見てもわかるように、この10枚の絵は、ピアノ曲「展覧会の絵」を構成する10の楽曲の名称に相当している。「展覧会の絵」はロシアの作曲家ムソルグスキーのピアノ曲であり、五つのプロムナードと、展覧会の10枚の絵を表現したとされる個性的な10の楽曲から成る。その10枚の絵(楽曲)の名前が、上記の「侏儒」から「キエフの大きな門」までである。本書『展覧会の絵』の構成は、ムソルグスキーのこの楽曲にちなんでいるわけであり、そして本書の主人公である「あなた」の記憶も、実は楽曲「展覧会の絵」と密接な関わりがある。 【5】 「あなた」と10枚の絵がどう関わるのかが本書の謎の核心であるので、ゲームブックの性質上、これ以上の紹介は控えざるを得ないが、物語の最後で明かされる真実は、切ない。そしてそれぞれ独特の雰囲気をもった10枚の絵=10の世界の、どことなく寂しげで淡々とした描写と、そこで繰り広げられる物語のもの悲しさとが、本書の結末をいっそう感慨深いものにしているのである。 |
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