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展覧会の絵

ムソルグスキーの代表作をモチーフにした傑作ゲームブック。
森山安雄『展覧会の絵』(創元推理文庫1987年)


【1】 『展覧会の絵』はゲームブックと呼ばれるものである。ゲームブックのなんたるかを一から説明することは結構めんどうなので、知らない人は各自調べるか聞くかしてください。非常に月並みな定義だけ掲げておけば「ゲームと本が合わさったもの」ということになる。要するに本を読むことによって一人で遊べるように作られているゲームである。
 1980年代の中ごろから終わりにかけて、ゲームブックがやたらとはやった時期があり、社会思想社や東京創元社などからたくさん出版されていた。私はその当時中学生だったが、これに夢中になり、さんざん買い集めたあげく、自分でもゲームブックを作るまでになった。私の中学生時代は、ほとんどゲームブックのために費やされたと言ってもいいくらいである。

【2】 さて、本書『展覧会の絵』は、当時刊行されたゲームブックのなかでは最高傑作だと私が信じているものである。1987年に刊行された本書を私が実際に遊んだのは、もう少し遅れて翌年にはいってからで、たぶん15歳のころであった。これは私のゲームブック熱が下降線をたどりはじめる時期だが、そのなかにあって、本書から受けた強烈な印象は今なお忘れ難いものがある。簡単なルール、低めの難度をとりながら、そのストーリー性の高さによって、本書は見事なバランスを保ったゲーム小説になっている。サイコロによって大きく左右されるゲーム的側面よりも、謎の探求と真実の獲得のための過程を楽しめる小説としての側面に比重をおいている一方、たやすく結末に到達できるような、実質的に一本道のお粗末な作品とも一線を画し、クリアのためには注意深い選択を要求されるようになっている。ゲーム小説が目指すべきバランスの、ひとつの範を示していると言うことができる。
 本書の最大の魅力はその切ないストーリーと、ゲーム世界全体を覆う謎めいた雰囲気にある。

あらすじ
【3】 記憶を失い、自分の名前すらも思い出すことのできなくなった「あなた」は、吟遊詩人となって各地を旅しながら自分の正体に関する手がかりを探していた。ある時、街でひとりの大道商人があなたを見て驚きの声をあげる。彼はあなたを探していたと言うのだ。しかし自分の素性について訊ねようとするあなたに対し、大道商人は答えず、ただ、寺院の門のマークが彫られたガーネットをあなたに託して、記憶を取り戻すための道を指し示す。彼が並べていた一枚の絵の中に描かれた侏儒が、あなたの案内役だと言うのである。すると、いつしかあなたはその絵の世界の中に入り込んでいた。こうして、あなたは絵の中の世界で遍歴を始める……。

(注)ゲームブックなので、読者が主人公という意味で「あなた」と表記される。ただし社会思想社のものではたいてい「君」。私は「君」のほうが好きで、自作のゲームブックではいつも「君」を使った。

【4】 この作品の中心となる謎、すなわち「あなた」自身の記憶に、大きく関わってくるのは、この「侏儒」をはじめとする10枚の絵である。それらの絵の題名は次のとおりとなっている。

  • 侏儒――地の精
  • 古城
  • チュイルリーの庭
  • ビドロ――牛の群れ
  • 卵の殻をつけた雛の踊り
  • サミュエル・ゴールデンベルグとシュミイレ
  • リモージュの市場
  • 地下墓地――死せる者の魂の言葉をもって
  • バーバ・ヤーガと鶏の足の上の小屋
  • キエフの大きな門

 これを見てもわかるように、この10枚の絵は、ピアノ曲「展覧会の絵」を構成する10の楽曲の名称に相当している。「展覧会の絵」はロシアの作曲家ムソルグスキーのピアノ曲であり、五つのプロムナードと、展覧会の10枚の絵を表現したとされる個性的な10の楽曲から成る。その10枚の絵(楽曲)の名前が、上記の「侏儒」から「キエフの大きな門」までである。本書『展覧会の絵』の構成は、ムソルグスキーのこの楽曲にちなんでいるわけであり、そして本書の主人公である「あなた」の記憶も、実は楽曲「展覧会の絵」と密接な関わりがある。

【5】 「あなた」と10枚の絵がどう関わるのかが本書の謎の核心であるので、ゲームブックの性質上、これ以上の紹介は控えざるを得ないが、物語の最後で明かされる真実は、切ない。そしてそれぞれ独特の雰囲気をもった10枚の絵=10の世界の、どことなく寂しげで淡々とした描写と、そこで繰り広げられる物語のもの悲しさとが、本書の結末をいっそう感慨深いものにしているのである。
 今回、本書を再読(再プレイ)してみて、中学生時代に受けた感銘をあらためて確認することができた。当時刊行されたゲームブックのなかで本書を最高傑作とする考えは、今も変わらない。

ノート
字数:1900
初稿:2002/01/03
初掲:2002/01/04
リンク
アトリエ・平田工房
東京創元社
創土社
参考文献・関連事項
コメント
 『展覧会の絵』は2002年、創土社より復刊されました。心よりお祝い申し上げます。
本文=黒字 ・ 要約=赤字引用=青字

参考文献

関連事項

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