SYUGO.COMカテゴリマップ
前の書評 リスト 次の書評
特集 書評トップへ 講読ノート データベース

黒いチューリップ

貴重なチューリップの球根をめぐって繰り広げられる活劇。
Alexandre Dumas "La Tulipe Noire", 1850
島田尚一ほか訳『世界の文学7 ユゴー デュマ』(中央公論社1964年)所収(松下和則訳)


【1】 舞台は17世紀オランダ。ホラントを中心とするネーデルラント七州がヨーロッパの大国に周囲を囲まれながら、中継貿易を武器に、スペインからの独立、イギリスとの戦争といった国家の危機をきり抜けようとしていた時代である。グロチウスやスピノザといった、時代をリードする思想家たちを輩出した、オランダの栄光の時代であり、またチューリップへの異常な投機熱の高まりが起こったことで有名な時代でもある。
 「黒いチューリップ」は、このような時代背景と、人々のチューリップへの情熱とを巧みに織り込んで組み立てられた物語となっている。

あらすじ
【2】 チューリップ栽培に情熱をかける青年コルネリウスは、莫大な懸賞金のかけられた黒いチューリップの栽培に成功するが、かれを妬む隣人の栽培家ボクステルの陰謀により、反逆者ヤン・デ・ウィットの共謀者として逮捕されてしまう。コルネリウスは牢番の娘ローザに三つしかない貴重な球根を託し、黒いチューリップの花を咲かせようとするのだが、第一の球根は踏みつぶされ、第二の球根は見事な黒い花を咲かせたもののボクステルに盗まれてしまう。コルネリウスは、黒いチューリップの栽培者の栄誉をボクステルに奪われてしまうのだろうか……?

【3】 『モンテ・クリスト伯』を読んだ人ならば誰もが認めるであろうように、デュマ・ペールは「物語り」の名手である。私も、文学全集のなかにこの作品「黒いチューリップ」を見つけて、期待して読み始めた。ところが最初のうちはどうもいけない。つまらなくはないのだが、どうしても話に没頭していけないのである。複雑に絡み合った陰謀がするするとほどけていく、という快感を期待しすぎていたためか、話の筋が一本道で単調すぎるように思えた。その感想は最後まで変わらなかったのだが、しかし、最後のさいごで、やはりさすがはデュマ、と思わされる意外な展開が待っていた。
 話の序盤に登場し、コルネリウスが逮捕されてしまった時点で意義を失ってしまったかのように思えた聖書の一ページが、最後で思いがけない役割を果たすことになるとは、私はうかつにも思い至らなかった。コルネリウスの逮捕により、物語の関心はもっぱらチューリップの球根のほうに移ってしまい、それを包んでいた紙のことなど圏外に追いやられてしまったかのようだったからである。読み終えてから考えると、そうやって注意をそらすことがデュマの計算だったのかもしれない。文盲だったローザがコルネリウスに読み書きを教わることが、実は重要な伏線になっていたわけである。

【4】 ちなみに、物語中でも重要な役割を演じているウィリアムは、歴史上有名なかのオランダの名統領であり、フランスの太陽王ルイ十四世のライバルにしてイギリス名誉革命の主役、オランニェ公ウィレム三世である。物語では、若干二十三歳の白皙の美青年として登場する。また、物語序盤で群衆に虐殺されてしまうヤン・デ・ウィットは、これまた非常に有名な共和派の大物政治家で、第二次イギリス・オランダ戦争に際して、不可能と思われたイギリスとの講和を見事に成功させた名外交官である。
 歴史上の実在の人物を物語の中に取り入れている点で、この作品でもデュマらしさが遺憾なく発揮されている。17世紀オランダの歴史を念頭において読むと、いっそう楽しめる作品と言えるだろう。

ノート
字数:1300
初稿:1999/12頃
初掲:1999/12/24
リンク
DATA:デュマ・ペール
DATA:『黒いチューリップ』
中央公論社
参考文献・関連事項
コメント
 
本文=黒字 ・ 要約=赤字引用=青字

参考文献

関連事項

…サイト内へリンク …サイト外へリンク
ホーム書評 [ 前の書評 | リスト | 次の書評 ]ページプロパティ
ページの一番上に戻ります。 ひとつ上の階層に戻ります。