貴重なチューリップの球根をめぐって繰り広げられる活劇。
"La Tulipe Noire", 1850
『世界の文学7 ユゴー デュマ』(中央公論社、1964年)所収(松下和則訳)
【1】 舞台は17世紀オランダ。ホラントを中心とするネーデルラント七州がヨーロッパの大国に周囲を囲まれながら、中継貿易を武器に、スペインからの独立、イギリスとの戦争といった国家の危機をきり抜けようとしていた時代である。グロチウスやスピノザといった、時代をリードする思想家たちを輩出した、オランダの栄光の時代であり、またチューリップへの異常な投機熱の高まりが起こったことで有名な時代でもある。 あらすじ 【3】 『モンテ・クリスト伯』を読んだ人ならば誰もが認めるであろうように、デュマ・ペールは「物語り」の名手である。私も、文学全集のなかにこの作品「黒いチューリップ」を見つけて、期待して読み始めた。ところが最初のうちはどうもいけない。つまらなくはないのだが、どうしても話に没頭していけないのである。複雑に絡み合った陰謀がするするとほどけていく、という快感を期待しすぎていたためか、話の筋が一本道で単調すぎるように思えた。その感想は最後まで変わらなかったのだが、しかし、最後のさいごで、やはりさすがはデュマ、と思わされる意外な展開が待っていた。 【4】 ちなみに、物語中でも重要な役割を演じているウィリアムは、歴史上有名なかのオランダの名統領であり、フランスの太陽王ルイ十四世のライバルにしてイギリス名誉革命の主役、オランニェ公ウィレム三世である。物語では、若干二十三歳の白皙の美青年として登場する。また、物語序盤で群衆に虐殺されてしまうヤン・デ・ウィットは、これまた非常に有名な共和派の大物政治家で、第二次イギリス・オランダ戦争に際して、不可能と思われたイギリスとの講和を見事に成功させた名外交官である。 |
|
![]() | |
![]() | ![]() ![]() |
![]() |