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アイスランドのハン

怪奇趣味も露わな大作家ユゴーの処女小説。
Victor-Marie Hugo "Han d'Isrande", 1823
島田尚一ほか訳『世界の文学7 ユゴー デュマ』(中央公論社1964年)所収(島田尚一訳)


【1】 この話は上掲書では『氷島奇談』という題名で翻訳されている。ユゴーが21歳の時の処女小説(注)だそうである。
 悪役であるハンの個性がとにかく際立っている。獣の皮をまとって洞窟で暮らし、狼と素手で格闘して倒し、人肉を食べ、自分の息子の頭蓋骨を杯がわりにして血を飲み、白熊に乗って森を駆けめぐり、巨大な石をかつぎあげて投げつける、というむちゃくちゃぶりなのだ。これで人語を話すのでなかったら、こんなやつ人間じゃないだろう、という感じである。

(注)ユゴーは本作にさきだって『ビュグ・ジャルガル』を執筆しているが(1819年)、刊行は本作のほうが早い。

【2】 話の筋としては、政敵として対立する二人の政治家をめぐる陰謀のゆくえ、というものなのだが、物語の展開のいたるところでカギを握っているのがこのハンという男なのである。シュマッケル元伯爵は政治的に失脚して監獄に幽閉されており、その娘エテルと愛し合う若者オルデネルが、シュマッケルの汚名をすすぐための証拠をハンが持っていると信じてハンからそれを手に入れるために旅立つ。他方、ダーレフェルド伯爵はシュマッケルに反逆罪の汚名を着せて死刑にすることを画策し、鉱山の王室管理に不満をもつ坑夫たちに働きかけて、シュマッケル解放の名目で反乱を起こさせることをたくらみ、その首領にハンを据えようとしてハンを探している。
 それぞれが自分の思惑からハンを探しており、やがてそれぞれハンにめぐり会い、決裂して戦うことになるがいずれもハンを倒すことはできない。ダーレフェルド伯爵の陰謀は偽者のハンをたてて進行し、いちどは、シュマッケルの身代わりとなったオルデネルに死刑判決が下るところまでいくが、ハンによって殺された死体管理人スピアグドリの遺体とともにダーレフェルド側の陰謀を示す証拠が発見され、オルデネルは救われる。いっぽう、偽者のハンに対して死刑を宣告した法廷に本物のハンが現れて自ら名乗り、偽者を殴り殺して監獄に入るが、死刑の前夜、ハンは自分で監獄に火を放って大勢の士官を巻き添えに焼け死んでいくのである。
 オルデネルもダーレフェルドもそれぞれの目的のために行動するが、ハンという男の存在がなければ、物語はここまで劇的に進行することはないだろうというほど、要所要所でハンに「導かれて」いる。たしかにこれは、原題が示すように「ハンの物語」なのである。

【3】 この作品が収録された『世界の文学7』は、実家にあった父の本を借りてきたものである(昭和39年発行、637ページ二段組で定価390円!)。たまたまこの本を家で見つけなければ、私はこの作品の翻訳の存在すら知らなかっただろう。こんなに面白い作品が、ちゃんと翻訳があるのにどの文庫にも入っていず、30年以上も前の全集に収録されているだけ、というのは非常にもったいない気がする。

「不幸は人間を疑い深くするものなのじゃ。ちょうど繁栄が人間を恩知らずにするようにな。」 ――シュマッケル(25ページ)

ノート
字数:1100
初稿:1999/11頃
初掲:1999/12/01
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DATA:ユゴー
DATA:『アイスランドのハン』
中央公論社
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