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ルーゴン・マッカール双書 第17巻 章立て 登場人物 抜粋集
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二つの殺人 - 第17巻『獣人』

『獣人』のストーリーを支える柱のひとつとして、鉄道界を舞台に展開する二つの殺人事件があり、その捜査・裁判の経過をめぐって司法界の内実が明らかになってゆく。被害者の姓をとってそれぞれグランモラン事件、ルーボー事件と呼ばれるこの二つの殺人は、作中の裁判ではいずれも真相が明らかにならない。真相はどのようにして人々の眼から隠蔽されたのか。両事件を詳細に分析する。

なお、以下の分析は、殺人事件の真相に関するネタバレを含むことに注意されたい。もっとも、『獣人』は厳密には推理小説ではなく、読者には物語なかばで真相が明らかになるので、あらかじめ事件の詳細を知っていても、読書の楽しみがそがれることはないと信じる。


グランモラン事件

司法・鉄道界の大物を突如として襲った死。消えた犯人? それとも不可能犯罪?

(1)犯罪事実

急行列車運行表
日時1869年2月14日夜
場所パリ発ル・アーヴル行きの列車内
(ルーアン・バランタン間)
被害者グランモラン
(ルーアン裁判所長、西部鉄道会社取締役)

■確定的な事実
1. パリにいた被害者グランモランは、何らかの理由により滞在予定を変更し、2月14日18:30発のル・アーヴル行き急行に特別室を仕立てて乗車した。この列車には、その日用事でパリへ来ていたグランモランの養女セヴリーヌとその夫もまた、ル・アーヴルへ戻るために一般客室に乗っていた。

2. 列車がルーアンで一時停車したさい、グランモランとルーボー夫妻はともにホームへ出て、互いに出会い、会話を交わした。ルーアンを発車するとき、グランモランは再び特別室へ戻った。

3. 列車がマローネイのトンネルを通過した直後、特別室内において、男がグランモランの喉にナイフを突き立てて殺害した。その後、グランモランの死体は列車外へ投げ出された。なお、ルーアンから次の停車駅バランタンまで列車は一度も停車しない。また特別室は他の客室と通路で行き来することはできない。

4. 次の停車駅バランタンに到着した際、ルーボー夫妻は客室から顔を出して知人であるバランタン駅長と会話を交わした。列車はその後、予定通りル・アーヴルまで運行された。

5. 死体は2月14日深夜、クロワ・ド・モーフラの電信係ミザールによって発見された。被害者が所有していた1000フラン札10枚および懐中時計は持ち去られていた。グランモランの予定変更の理由を示すような物件は死体からは発見されていない。また、凶器のナイフも未発見である。

■不確定な事実
1. グランモランがパリ滞在予定を変更して急行に乗ったのは、ある電報で呼び出されたからだ、とルーアンで話していた(ルーボーの証言)。

2. ルーボー夫妻はルーアンのホームで偶然グランモランに会うまで、同じ列車に乗っていることを知らなかった(ルーボーの証言)。

3. ルーボー夫妻は列車がルーアンを発車する際、自分たちの客室へ戻った(ルーボーの証言)。

4. 殺害の瞬間、暴れる被害者の脚を押さえつけている共犯者がいたかもしれない(目撃者ジャックの証言)。

5. バランタン駅で、特別室から不審な男が降りてきて街へ消えた(ルーボーおよび周囲の人々の証言)。この男の素性・行方は依然としてつかめておらず、本当にいたのかどうかも定かでない。

(2)推理

ルーボー夫妻犯人説
支持者:ベルト(グランモランの実娘)、街の噂
グランモランが養女セヴリーヌに多額の遺産を残していることを知り、彼女と夫のルーボーは、遺産を早く手に入れるためにグランモランを殺した。
根拠 ◎グランモランは、実の娘がいるにもかかわらず、財産の半分ちかくを養女であるセヴリーヌに遺贈している事実がある。
◎バランタンで特別室から降りてきたという不審な男は、存在自体が疑わしい。
◎ルーボーが言及した、グランモランを呼び出した電報なるものがどこからも見つからない。
難点 ◆動機が不十分(グランモランは高齢であり、遺言を変更する様子もなかった)。
◆犯行が物理的に困難である(80km/hで走行中の列車で、どうやって客室と特別室を行き来したのか?)。
「謎の男=カビュッシュ」犯人説
支持者:ルーボー夫妻、ドゥニゼ予審判事、ボンヌオン夫人
ベクールの森番カビュッシュが、個人的な恨みグランモランを殺した。彼は列車がルーアンを発車する直前に特別室に乗り込み、被害者を殺害後、バランタンで降りた。
根拠 ◎ルイゼットの恋人であったカビュッシュはグランモランに恨みを抱いており、いつか殺すと酒場で公言していた。
◎カビュッシュは以前に殺人で5年間服役した経験がある。
◎犯行当日は気分が悪く18:00に寝たと言っており、その後のアリバイがない。
◎カビュッシュの風体はバランタンで降りた謎の男に似ている(ルーボーの証言)。
難点 ◆直接の証拠がない。

(3)真相 【ネタバレ】

犯人:ルーボー夫妻(主犯ルーボー、共犯セヴリーヌ)
動機:妻が16歳のときにグランモランに暴行されていたことを知ったルーボーの、突発的な嫉妬と逆上。
犯行の経過: 1.[動機と準備] セヴリーヌとグランモランの過去の事情をその日たまたま聞き、その関係が今も強いられていることを知ったルーボーは、突発的にグランモランの殺害を決意し、逢い引きを打ち合わせる手紙をセヴリーヌに書かせてグランモランに送った。グランモランはこれをセヴリーヌからの誘いと思い込み、滞在予定を変更して、彼女と同じ列車に特別室を仕立てて乗車した。セヴリーヌは夫への恐怖から、暗黙のうちにこの計画に加担する気になっていた。
2.[被害者への接触] ルーボー夫妻はルーアンでホームに降り、たまたま出会ったようなふりをしてグランモランに話しかける。グランモランは自分がセヴリーヌと示し合わせていると思い込んでいるので、まったく疑いを抱かない。ルーアンを発車するさい、夫妻はグランモランとともに特別室に乗り込んだが、これを目撃した者はなかった。
3.[犯罪の実行] ルーアン発車後、マローネイのトンネルを通過した地点で、ルーボーはグランモランに襲いかかり、ナイフで喉をひと突きして殺害する。抵抗するグランモランの下半身を、セヴリーヌが抑えつけていた。この瞬間をジャックに目撃されるが、彼は犯人の顔を見分けることはできず、被害者の下半身にかぶさっているのは黒い毛布だと思った。犯行後、財産めあての殺害と思わせるため、ルーボーは被害者の所持品を奪い、その後死体を列車外へ投げ捨てた。
4.[現場からの脱出] ルーボー夫妻は特別室の出口を開け、三両離れた自分たちの客室へ戻った。幸運にも、彼らの客室の乗客はすべてルーアンで下車しており、また移動の間、途中の客室の乗客にも姿を見られることはなかった。こうして、バランタン到着までには元の客室に戻り、彼らは何事もなかったかのように客室から駅長と話した。

(4)結末

グランモラン事件担当、ドゥニゼ予審判事   司法省事務総長カミィ・ラモット
カビュッシュ犯人説
◆カビュッシュを逮捕、予審の準備をすすめる
◆事件を見事に解決して評判を上げ、昇進したい
ルーボー夫妻犯人説
◆グランモランの書類の中から、セヴリーヌが書いた手紙を発見し、ルーボー夫妻の犯行を確信
◆グランモランの醜行が明るみに出ると野党から攻撃される→選挙に不利
◆真相とは関係なしに、事件をもみ消したい
◆カミィ・ラモットの要請を受諾:
「(昇進すれば)新しい衣装箪笥も買えるし、かわいい妻のメラニーもおいしいものを食べて、あまりがみがみ言わなくなるだろうから」
◆ドゥニゼに勲章と昇進を約束:
「結局のところ、政府は免訴を望んでいます……」
カビュッシュ証拠不十分で釈放、事件は迷宮入りに

ルーボー事件

男たちの注目を集めた渦中の女性のあっけない最期。いっけん明快な事件の陰には複雑な真相が……。

(1)犯罪事実

日時1870年4月
場所クロワ・ド・モーフラ、グランモランの秘密の家(犯行当時はルーボー夫妻所有)
被害者セヴリーヌ・ルーボー(旧姓オーブリ)

■確定的な事実
1. グランモラン事件ののち、相続の一週間後に、ルーボー夫妻は夫婦財産の残存者贈与契約を締結した。にもかかわらず、夫婦の仲は急速に悪化していった。ルーボーは酒と賭博にひたり、セヴリーヌは機関士ジャックを愛人として逢い引きを重ねるなどしていたが、夫婦ともお互いのこうした逸脱には無関心で、見て見ぬふりをしていた。

2. 4月に起こったクロワ・ド・モーフラの衝突事故ののち、怪我を負った機関士ジャックや主任車掌アンリは、セヴリーヌの好意により、その所有するクロワ・ド・モーフラの邸宅で看護を受けていた。邸宅に泊まり込んだセヴリーヌと、付近に住む森番カビュッシュが彼らの看護にあたったが、カビュッシュはセヴリーヌとともに働くうちに彼女に恋情をおぼえ、セヴリーヌのハンカチやヘアピンなど、雑多な小物を盗んで自分の小屋に持ち帰り隠し持っていた。

3. 事件当日の夕、ようやく回復したジャックはクロワ・ド・モーフラの邸宅を退去した。クロワ・ド・モーフラの邸宅にはセヴリーヌだけが残った。ジャックはその夜ルーアンの宿屋に宿泊手続をしている。また、この夜、カビュッシュはセヴリーヌの邸宅の周りをうろうろしていた。

4. 同じ夜、ルーボーはクロワ・ド・モーフラの踏切番ミザールを伴って妻のいる邸宅を訪れた。ところが入口の扉が開け放たれているので、不審に思って中へ入ると、セヴリーヌの裸の死体の側に、血まみれになったカビュッシュがたたずんでいた。

5. セヴリーヌは喉をナイフでひと突きされていた。これはグランモランが殺害された手口と同じである。凶器のナイフも発見され、グランモランを殺害したものと同じものと思われる。また、行方しれずになっていたグランモランの時計は、セヴリーヌの小物とともにカビュッシュの小屋から発見された。

■不確定な事実
1. セヴリーヌに会いたくて邸宅の周りをうろついていたとき、邸宅の中から男が飛び出してきて逃げていくのを見た(カビュッシュの証言)。

2. 逃げていった男を不審に思って邸宅に入ってみると、セヴリーヌが殺されていた。まだ息があると思い、抱きかかえてベッドに移したので、自分も血まみれになった(カビュッシュの証言)。

3. その夜、ルーボーがクロワ・ド・モーフラの邸宅を訪れたのは、邸宅の売却の件でセヴリーヌに呼び出されていたからである(ルーボーの証言)。

(2)推理

ジャックへの嫌疑
すぐに晴れる
難点 ◆動機がない(なぜ愛人を殺す必要があるか?)。
◆当日の夕方に邸宅を去り、ルーアンに宿泊している(カビュッシュおよびルーアンの宿屋のおかみが証言)。
カビュッシュ犯人説
支持者:ドゥニゼ、カミィ・ラモットほか多数
カビュッシュはセヴリーヌに恋情を抱き、彼女がひとりになった夜を狙って忍び込み、ものにしようとしたが、拒まれたので刺し殺した。グランモランを殺したのもやはりカビュッシュである。
根拠 ◎カビュッシュはセヴリーヌを熱愛していた(本人も認める)。
◎カビュッシュの小屋からセヴリーヌの小物が発見された。
◎グランモランの時計もまた彼の小屋から発見された。
◎逃げた男の話など、信用できない。
ルーボー黒幕説
支持者:ドゥニゼほか多数
ルーボーは妻の養父の財産が目当てに、カビュッシュを使ってグランモランを殺した。しかしそののち妻との関係が悪化し、彼女も目障りになったので、再びカビュッシュをそそのかしてセヴリーヌを殺させた。
根拠 ◎最近、夫婦はひどく仲がわるかった。
◎ルーボーとカビュッシュが密談する声を聞いたと、アンリが証言している。
◎夫婦財産の残存者贈与契約により、セヴリーヌが死ねば財産はすべてルーボーのものになる。
難点 ◆訊問に疲れたルーボーが、グランモラン事件の犯行を自白し、同時にセヴリーヌ殺害の非関与を主張した。
反駁 ◎ルーボーはセヴリーヌの過去を知っていたはずであり、グランモラン殺害の動機は信用できない。
◎ルーボーはジャックとセヴリーヌの愛人関係を見のがしていたのであり、そんなに嫉妬深いはずがない。

(3)真相 【ネタバレ】

犯人:ジャック(心神耗弱または喪失の状態)
動機:女を殺したくなる遺伝的発作。
犯行の経過: 1.[背景] グランモラン殺害ののちルーボー夫妻の関係は冷却し、とくに、グランモランから盗んだ1万フランでルーボーが賭博をするようになってからはいっそう悪化した。セヴリーヌは夫にすべてを取られまいという気持から、グランモランのナイフと懐中時計を持ち歩いていた。このころ、彼女は機関士ジャックと愛人になり、夫の存在をうとましく感じ始めていた。
衝突事故によってジャックが大怪我を負い、セヴリーヌの看護を受けることになって以来、二人の愛情はさらにすすんだ。彼らはすでに一度ルーボーの殺害を計画して失敗していたが、今度こそやり遂げようと思い、ルーボーを呼び出して刺し殺す計画をたてた。なお、森番のカビュッシュはセヴリーヌに恋情を抱き、その周囲につきまとったり、彼女の小物を盗んだりするようになっていた。
2.[犯行当日の状況] セヴリーヌは、クロワ・ド・モーフラの邸宅に買手がついたと偽ってルーボーを呼び寄せる。ジャックは嫌疑を逃れるため、その日の夕方に邸宅を去り、ルーアンの宿屋に宿泊するが、夜半、ひそかに抜け出してクロワ・ド・モーフラの邸宅に戻り、セヴリーヌと合流した。このとき、セヴリーヌに焦がれたカビュッシュもまた、邸宅の周囲を徘徊していた。
3.[犯罪の実行] セヴリーヌはやがてやって来るであろうルーボーを欺いて油断させるため、体調不良を装うことを考えつく。そこで下着姿になって待機しようとし、服を脱いだところ、かねてより明かりのもとで女の裸を見ると殺人欲求が起こるという原因不明の発作に悩まされていたジャックは、発作の再発の予感がしたので、セヴリーヌに服を着るよう促した。かつてルーボー殺害に失敗しているセヴリーヌは、ジャックが再び怖じ気づいたのだと考え、彼を力づけるつもりで、構わずに服を脱いだ。そのため、ジャックは殺人欲求の発作に抗することができず、セヴリーヌが持ち歩いていたナイフで彼女を刺し殺した。
4.[発覚] 我に返ったジャックは自分のした行為に狼狽し、何も考えず、邸宅の入口を大きく開けたまま逃走する。いっぽう、逃げ出す男の姿と開け放たれた入り口を見つけたカビュッシュは、不審に思って邸宅に入ったところセヴリーヌの死体を発見し、まだ息があると信じて彼女をベッドへ運んだ。ちょうどそのとき、ルーボーが電信係ミザールを伴って到着し、邸宅の様子を不審に思って立ち入ったところ、セヴリーヌの死体とカビュッシュを発見するに至った。

(4)結末

ルーボー事件担当、ドゥニゼ予審判事   司法省事務総長カミィ・ラモット
カビュッシュ犯人説+ルーボー黒幕説
◆カビュッシュおよびルーボーを逮捕、予審の準備をすすめる
◆二つの事件を見事に解決して評判を上げたい
ドゥニゼと同見解、ただしグランモラン事件に関するカビュッシュの無実は知っている
◆真相には無関心→セヴリーヌの手紙を燃やす
◆ルーボーを切り捨てて、鉄道界・司法界の利益を守りたい→沈黙
陪審の評決により、ルーボーおよびカビュッシュ終身刑に

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