バルサスの要塞攻略データベース|邦訳に関する注記

邦訳に関する注記

攻略データベースの作成にあたっては、まず原書(スコラスティック版)でプレイした後、用語の確認や統一のために二種類の邦訳を参照した。
使用した文献は次の二点である。

2005年に扶桑社から再刊された浅羽莢子訳は、入手していない。
FFコレクション『火吹山の魔法使いふたたび』は2021年に刊行されているが、今回利用したのは「再生産版」と銘打って2024年に再刊されたものである。奥付は「2024年3月31日初版第一刷」となっている。

ところで、各版を比較参照する過程で、二種の邦訳の訳文に少なからず表現の相違が存在することを確認した。
これからプレイする読者のために、これら邦訳の間の訳文の相違に関していくつかの注意点を書き留めておきたい。

ゲーム展開に影響を及ぼす解釈の相違

原書を読んでも「なんとなく理解できればオーケー」な読者と違って、全文を日本語に移し替えなければならない訳者の苦労は大変なものである。
訳文に各訳者の個性が出るのは当然であり、訳文から受ける印象がかなり違っていたとしても、多くは、翻訳に際しての解釈の相違として受容できる。基本的には、読む側の好みの問題と考えれば十分であろう。

しかし、ゲーム性に関わる部分で訳文の意味内容が版ごとに異なるとすれば、少し困る。
少なくともゲームの攻略を試みるうえでは、その部分の真意を原文に照らして一意に確定しておくことが必要となろう。
以下では、そのような点のいくつかを検討しておくことにする。

オシェイマスの助言(項目68)

塔の中で出会うオシェイマスの部屋から先へ進むには、青銅・真鍮・銅という三種の取っ手がついた三つの扉のうちどれか一つを選んで部屋を出ることになる。このとき、どの扉から出るのがよいかを尋ねることができるのだが、オシェイマスはわざと回りくどい言い方で助言をしてくる。その助言の意味を正確に把握することができれば、危険なルートを避けるのに役立つ(かもしれない)という場面である。なお、前後の描写からみて、三つの扉が左右に一列に並んでいることは間違いがないものとする。

浅羽莢子訳(社会思想社版)

「あっしなら、どれにするかって?」 オシェイマスは考えこむ。「そうだな……あっしなら銅の把手の扉から左へ二つ目の扉は避けるし、青銅の把手の右側のもやめとくな」(強調は引用者)

安田均訳(SBクリエイティブ版)

「ぼくならどれを取るかって?」 オシェイマスは機嫌よく言った。「そうだな……銅の取っ手の左にある二つ目の扉は選ばないし、青銅の右手にあるやつも取らないよ」(強調は引用者)

オシェイマスの発言のうち強調で示した部分の意味内容が、両者の訳で互いに異なっているように思える。

浅羽訳の「銅の把手の扉から左へ二つ目の扉」だと、銅の扉から一つとんで左の扉を指していることになり、扉はぜんぶで三つしかないことから、結果的に「左端の扉は避けろ」という趣旨になる。
安田訳の「銅の取っ手の左にある二つ目の扉」だと、銅の扉の左隣にあるのが二つ目の扉だと言っていることになり、「二つ目、つまり中央の扉を選ぶな」という意味にとるのが自然である。

原作者の意図はどうだったのだろうか。この部分の原文は次のとおりである。

原文(スコラスティック版)

'Which would I take, eh?' he muses. 'Let's see... I would not take the one two doors to the left of the copper-handled one, nor the door to the right of the bronze-handled one.'(強調は引用者)

the one の one は、そのあとの the copper-handled one と同じく、 door に相当する不定代名詞とみていいだろう。後ろに修飾語句として to the left of ... (…の左に)がついているため、 the がついた形で使われているものと思われる。

だとすると、ここでは、 the one to the left of ...(…の左にあるやつ) という表現が基本としてあり、修飾語句である to the left of ... の前にさらに two doors を挿入することによって、「…からドア2つ分だけ左にあるやつ」という意味になっていると考えられる。すなわち、 the one two doors to the left of the copper-handled one で、「銅の取っ手のドアから2つ分左にあるドア」と解するのが妥当だと思われる(私見)。

この解釈に合致するのは浅羽訳である。浅羽訳・安田訳はともに「二つ目」という語を用いているが、浅羽訳の「■■から左へ二つ目」は原文と同旨(左へ2つ動く)になるのに対し、安田訳の「■■の左にある二つ目」は「左にあるやつイコール2つめ」という読みを誘発しやすいと言えないだろうか。両者を一読して比較したときに感じるちょっとした混乱は、どうもこのあたりに原因がありそうである。しかし、安田訳が原文と同じ意味にとれないとまでは言い切れず、私自身の英語力も凡庸であるから、ここでは断定は避けておきたい。

いずれにしても、オシェイマスの助言の趣旨としては、浅羽訳が明瞭に示しているとおりの意味で構わないと考える。つまり、銅の扉から数えて左へ二つ目の扉は避けるべきだ、と言っているのである。発言の後半部分も含め、助言そのものの有効性の検討(実はたいして役に立たないのだが)は、チャート攻略「〈7〉オシェイマス」でおこなうので、ここでは扱わない。

ゲーム展開に影響を及ぼさない表現の相違

ゲームブックを楽しむための攻略データベースであるから訳者の文体の相違にまで立ち入るゆとりはないが、浅羽訳と安田訳とで明らかに原文に対する解釈の相違を反映していると思われる箇所や、そのほか訳文について留意しておいた方がよい箇所が散見されるので、備忘のため書き留めておくことにする。これらはゲームの展開には特に影響しないので、プレイ時にはあまり気にしなくてもよい。

項目31

項目 浅羽莢子訳
(社会思想社版)
安田均訳
(SBクリエイティブ版)
原文
(スコラスティック版)
31 君は奥の扉をあけて図書室をでる。 きみは部屋の向こうの扉を抜けた。 You leave the games room through the door in the far end of the room,

原文では「奥の扉を開けて遊戯室を出る」となっている。これは原作者スティーブ・ジャクソン氏自身が見落としている可能性が高いが、項目31は、〈52〉遊戯室の出口である(項目9、171、278、365)のみならず、〈132〉図書室からの出口としても通過する(項目18、238、326)ことのあるパラグラフであり、「遊戯室を出る」と限定してしまうのはシステム上の不整合となる。その点に気づいたのかどうか、浅羽訳は「図書室」と書き換えているが、これでは逆に遊戯室の場合が抜け落ちてしまう。(ただし、浅羽莢子氏が依拠したであろうパフィン版の原文を参照していないので、このあたりの事情は確言はできない。)その点からすると、あえて「部屋」と曖昧に訳すことによって原書のミスをカバーした安田訳の功績が際立つ。意図的でない限りこのような訳し替えをするとは想定できず、安田均氏の念入りな情報収集に裏打ちされた判断であろうと推察される。

項目215

項目 浅羽莢子訳
(社会思想社版)
安田均訳
(SBクリエイティブ版)
原文
(スコラスティック版)
215 それとも曲がり角をまちがえたので正しい道を捜しているのだというか(四一へ)? もっと先へ行こうとしていて、曲がり角をまちがえたとい言うか(四一へ)? , or will you tell them you have taken a wrong turn and you are looking for the way onwards (turn to 41)?

素直に look for ...(…を探す)を訳せばいいと思うのだが、安田訳でそれが抜けているのは、前後が入れ替わっていることも含めて気になる。また、安田訳の「とい言うか」は再生産版でも残っている誤植である。

項目246

項目 浅羽莢子訳
(社会思想社版)
安田均訳
(SBクリエイティブ版)
原文
(スコラスティック版)
246 妖怪は扉をあけて独房に入ってくるが、それと同時に君の術の効果も薄れだす。 扉を開けて、そいつは中にはいってきた。だが、ありがちだが、そこで呪文が切れた。 It opens your door and enters the cell, but as it does so, your Spell begins to wear off.

文頭の It opens でもわかるとおり、 it はカラコルムを指しているので、 as it does so の it も同様にカラコルムを指していると見ればよいのではないだろうか。「それがそうするとき」、つまり「カラコルムが入ってくるとき」という意味で、浅羽訳の「それと同時に」が適訳だと思う。

項目365

項目 浅羽莢子訳
(社会思想社版)
安田均訳
(SBクリエイティブ版)
原文
(スコラスティック版)
365 新たな術を二つ(本書冒頭の一覧表から選べ) 特別に呪文を二回分(最後に載っている呪文のリストから選ぶ) two extra Spells (which you may choose from the list at the beginning of the book)

〈52〉遊戯室で「ナイフィ・ナイフィ」を遊ぶことを選んだ場合のルール説明の文だが、原書(スコラスティック版)にミスがあるとみられる。スコラスティック版では、「ファイティング・ファンタジー」そのもののルール説明はゲームの後ろに置かれる扱いとなっており、本作の呪文リストも巻末に載っている。したがって呪文リストを参照させる場合は at the end of the book などと指示しなければならないはずだが、以前の版(パフィン版やウィザード版)の記述を、気づかずにそのまま踏襲してしまった可能性がある。安田訳ではスコラスティック版と同じく呪文リストを巻末に置いたうえで、それに合わせて本文も修正しており間然するところがない。このような気づきにくいところまで当然のように直してあるところに安田訳の信頼感がある。なお、社会思想社版では魔法一覧は巻頭に掲載されているので、浅羽訳の「本書冒頭」も間違ってはいない。

準拠する訳の選択

攻略データベースを作成するにあたり、作中の固有名詞(呪文・アイテム・モンスター・NPC)の日本語訳については、最新訳であるSBクリエイティブ版(安田均訳)にしたがった。また、下記の一般的な用語についても、今後はできるだけ訳語を統一するつもりである。

いっぽう、各パラグラフの本文については、個人的な好みにより浅羽莢子訳を基準として解釈している。

(2025-04-01)

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