展覧会の絵|回顧録

回顧録『展覧会の絵』

 記憶を失い、自分の名前すらも思い出すことのできなくなった「あなた」は、吟遊詩人となって各地を旅しながら自分の正体に関する手がかりを探していた。ある時、街でひとりの大道商人があなたを見て驚きの声をあげる。彼はあなたを探していたと言うのだ。しかし自分の素性について訊ねようとするあなたに対し、大道商人は答えず、ただ、寺院の門のマークが彫られたガーネットをあなたに託して、記憶を取り戻すための道を指し示す。彼が並べていた一枚の絵の中に描かれた侏儒が、あなたの案内役だと言うのである。すると、いつしかあなたはその絵の世界の中に入り込んでいた。こうして、あなたは絵の中の世界で遍歴を始める……。

 本書の最大の魅力はその切ないストーリーと、ゲーム世界全体を覆う謎めいた雰囲気にある。1987年に刊行された東京創元社版を私が実際に遊んだのは翌年にはいってからだったが、そのとき本書から受けた強烈な印象は今なお忘れ難いものがある。遊びやすい簡単なルールを採用しながらも、そのストーリー性の高さによって、本作は見事なバランスを保ったゲーム小説として完成されている。サイコロの出目によって運命が大きく左右されるゲーム的側面よりも、謎の探求と真実の獲得のための過程を楽しめる小説としての側面に比重をおいているのだが、その一方では、たやすく結末に到達できる一本道の展開からも一線を画し、クリアのためには注意深い選択を要求されるようになっている。ゲーム小説が目指すべきバランスの、ひとつの範を示していると言ってもいいだろう。

初稿 [2002-01-03]
3rd Edition「書評」から要約転載 [2018-08-14]

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