文化における「遊び」の重要性を追究した独創的文明論。
"Homo Ludens", 1938
『ホモ・ルーデンス』(高橋英夫訳、中公文庫、1973年)
|
【1】 『中世の秋』が面白かったのでこの本も期待して読みはじめたのだが、2章以降の博識な叙述は私の知識ではじゅうぶんに享受できず、しばらくは砂を噛むような感じでちまちまと読みすすめていた。ところが、11章あたりからまた急にエキサイティングになってきて、一気に読み終えた。 現実を、いきいきと活動している生の各種の形式に置き換え、その置換作用によって一種現実の形象化を行ない、現実のイメージを生み出すということが、遊びの基礎になっている……(1章、22ページ) 遊んでいる子供はけっして子供っぽくはない。子供っぽくなるのは、遊びが子供を退屈させたときとか、どうやって遊んだらよいのかわからなくなったときに、初めてそうなるのだ。(12章、417ページ) 真の文化は何らか遊びの内容をもたずには存続してゆくことができない。それは、文化がある種の自制と克己を前提とするものだからである。それは、自分ひとりの目的、意志を究極最高のものと見なしたりすることのない能力であり、要するに、文化とは自ら自発的に承認した一定の限界のなかに成り立つものなのだと理解することのできる能力である。(12章、426ページ) |
|