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暗黒事件 人物総覧
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物語展開

勢力間利害相関図

第一篇 警察泣寝入(1803/11/15-翌日、および翌年)
 第一統領官ナポレオンが実権を強め帝位を窺いつつあった1803年、11月のある夕刻、オーブ県ゴンドルヴィルの荘園を、二人の謎めいた男が訪れる。所有者である参事院議員マランから荘園の管理を任されていたミシウは、そのうちのひとり、コランタンと名乗る男に異様なまでの警戒心を抱き、コランタンもまたミシウに強い関心を示す。実はその陰には、この荘園にまつわる多様な人々の複雑な思惑が絡み合っていた。
 ゴンドルヴィル荘園のもとの所有者であり革命に際して処刑されたシムウズ侯爵に仕えていたミシウは、侯爵の処刑後、荘園を買い取ったマランから引き続き荘園の管理を委ねられたことで、王党派の人々から恩知らずの悪名を蒙っていた。しかしミシウの真のねらいは、侯爵の子シムウズ兄弟の帰国に備えることにあった。ドイツに亡命しているシムウズ兄弟は第一統領官暗殺計画に加担し、ゴンドルヴィル荘園の隣のサン=シィニュの館に住むかれらの従妹、ロォランスの手引きによって、いまや国内に潜入して機を窺っていたのである。
 いっぽう、シムウズ侯爵から没収したゴンドルヴィル荘園を買い取った共和政府内の有力者マランは、ナポレオンの野心をうとましく思い、これを暗殺して穏健なブルボン王政復古の道をとる可能性をも模索していた。かれはルイ18世と通じ、コンデ公を中心とする亡命貴族の反ナポレオン陰謀にも関知していたが、最後にはナポレオン側につくことを決断して、貴族たちの陰謀を警務大臣フーシェに密告した。これを受けたフーシェは、貴族たちの消息をつかみ、また態度の怪しげなマランをも併せて監視するために、探偵コランタンを派遣したのである。
 コランタンの訪問により陰謀計画の露見を察知したミシウは、その夜ロォランスに危機の迫ったことを伝える。ロォランスはシムウズ兄弟を逃がすためにミシウを派遣し、サン=シィニュの館に踏み込んだコランタンの追及を間一髪でやりすごす。陰謀計画へのロォランスの加担を確信するコランタンは、この貴族たちへの雪辱を誓った。
1 (1803年11月15日16:00ごろ)ゴンドルヴィル荘園の猟小屋とミシウ
2 ゴンドルヴィル荘園の来歴と現状/ミシウの性格/ミシウ一家
3 コランタンの訪問/ヴィオレット
4 シムウズ家の没落/マランの立場
5 ミシウの暗躍
6 ロォランスの計画
7 オゥトセール家の人々
8 政治状勢/サン=シィニュ館急襲
9 ロォランスの逃走/ノオデムの森の隠れ家
10 捜索/コランタンとグウヂェ師の対決
11 ロォランスの帰館/問答
12 (翌日)コランタンの失敗/(1804年)捜索の成果あがらず
青字=回想・背景説明

第二篇 コランタンの復讐(1805年-1806年2月)
 コランタンの失敗から二年が過ぎ、マランから解雇されたミシウは依然として貴族たちをかくまい続けていたが、ナポレオンが皇帝となり、もはやその地位が揺るぎないものとなったので、ロォランスは貴族たちの権利回復の請願を提出し、皇帝に容れられる。しかしゴンドルヴィル荘園は貴族たちの手に戻らず、帝政下で勢力を伸ばしたマランに対して、ロォランスやシムウズ兄弟は公然と反感を露わにしていた。
 ロォランスとシムウズ兄弟は、亡命時に隠匿しておいたシムウズ家の財産100万フランを掘り出すことにし、ミ・カレィムの祭日にひそかに行動する。しかしちょうどこの日、何者かがマラン邸に侵入して、折しもパリから来ていたマランを拉致し去ったため、ミシウと貴族たちに誘拐の嫌疑がかかる。逮捕された貴族たちは隠匿財産のことを語るわけにもいかず窮地に追い込まれた。
13 (1805年)サン=シィニュ館の生活/三角関係
14 (1806年2月)シャルジュブフ侯爵の忠告/財宝の掘り出し
15 マラン邸襲撃/貴族たちの不審な行動/逮捕

第三篇 帝政時代に於ける政治裁判(1806年4月)
 マラン誘拐の嫌疑によりシムウズ兄弟やミシウに対する裁判が始まる。旧財産を奪われた仕返しに貴族たちがマランを誘拐したのだという検察側の主張に対して、弁護側は反駁に苦心するが、事件の真相が五里霧中で不審な点が多いことから、免訴になる見込みが濃厚な状勢となる。しかし評決の当日早朝に突然マランが解放されて現れ、その監禁されていた場所が貴族たちしか知らない地窖であったことから形勢が逆転し、ミシウに死刑、シムウズ兄弟に懲役24年が言渡される。実はマラン誘拐の背後には、貴族たちへの報復を期するコランタンの関与があった。
 ロォランスはシムウズ兄弟の減刑嘆願のため、対独戦争で前線にいるナポレオンのもとに旅する。ナポレオンは従軍を条件に恩赦を認めるが、シムウズ兄弟は戦死し、ミシウの死刑は執行された。
16 弁護の見通し
17 マルトの確信
18 (1806年4月)裁判
19 (翌日5:00)マラン解放/(13:00)再弁論/(23:00)判決
20 特赦嘆願の試み/皇帝との対面/後日談

第四篇 大尾(1833年)
 ブルボン王家が復位しすでにナポレオンもない1833年、結婚し二人の子の母となったロォランスは亡夫が買ったパリの邸宅に移り住んでいたが、マラン・ド・ゴンドルヴィル伯爵に対する敵意は今なお消えることがなかった。ある夜、ド・マルセイ首相や内閣書記官長ラスティニャックらが集まるサロンで、30年前のあの「暗黒事件」の真相が語られる。帝政樹立前にフーシェやマランによって企てられた反ナポレオン・クーデターの計画、そしてマランがコランタンによって誘拐・監禁された真の目的が明かされ、革命時代の生々しい政治的駆け引きの実相がようやく露わになるのだった。
21 真相

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