19世紀後半、フランスの作家エミール・ゾラ(Émile Zola, 1840-1902)は、急速に発展する生理学と実証主義の影響を受けて、自然主義(naturalisme)と称する文学潮流を確立した。人間の性格が環境と遺伝によって決定されるとする立場からゾラは当時のフランス社会に対する緻密な観察と資料収集を続け、これに基づいて、社会的・生物学的環境の力によって盲目的に動かされてゆく人々の姿を、その作品の中に描き出していった。このような作品の典型であり、ゾラの代表作ともなった小説が、「ルーゴン・マッカール双書(Les Rougon-Macquart)」全20巻である。
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1871年から1893年にわたってほぼ年一冊の割合で刊行され、全20巻におよんだこの双書は、フランス第二帝政期(1852-1871)を舞台にとった一大叙事詩である。ゾラはバルザックの「人間喜劇」にならって「人物再登場」の手法を採用し、神経症の遺伝を持った貴族の娘アデライード・フークを源とする二つの家系、ルーゴン家とマッカール家に生まれた人々の人生を、社会状況と照応させながら五世代にわたって描く。また同時に、多種多様な職業の実態をあからさまに暴き出し、「第二帝政下におけるある家族の自然的社会的歴史(histoire naturelle et sociale d'une famille sous le Second Empire)」という副題をも持つこの双書は、19世紀フランスのすぐれた社会誌にもなっている。
ルーゴン・マッカール双書は、『居酒屋』『ナナ』『ジェルミナール』などフランス文学史上に残るゾラの傑作を含み、特に迫力ある群衆描写で名高い。また、精神分析や構造主義の視点から読み直しがなされるなど、本国フランスでも近年再評価がすすんでおり、現在なお大きな興味を抱かせる作品である。