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結論

タテマエ

 『ニーベルンゲンの歌』、ドイツ文学史上も類いまれなこの雄渾なる叙事詩を読むとき、私たちは数百年の時を越えて伝わる感動に心をふるわせずにいることはできないであろう。ここには、質実をもってなる、かのゲルマン精神の模範ともいうべき美徳が、見事に結晶しているのである。

 この作品を貫徹する大きなテーマは二つある。前編において語られるジーフリトの比類なき武勲、そして後編において語られるクリエムヒルトの見事な貞節である。
 この世の驚異ともいうべき勇者ジーフリトの数々の戦い、ニーベルンゲンを制して手に入れた財宝の目もくらむばかりの華々しさ、そしてこよなく美しき姫クリエムヒルトとの幸福な結婚、これらを語る心躍らせるような前編の諸歌章の中に、まず私たちはヒロイズムの極致をはっきりと見て取ることができる。しかし、それだけではない。美しい姫クリエムヒルトが、いかに深くジーフリトを愛していたか。彼女は、卑劣な手口で夫を暗殺したハゲネを決して許すことができず、数十年の時をかけ、肉親さえをも巻き添えにして復讐を成し遂げるのだ。彼女の胸のうちはいかばかりであっただろうか。その決意の健気さ、そして悲壮さを見るがいい。後編の諸歌章を通じて痛切なまでに伝わってくる彼女の悲願を前に、なんぴとが落涙を禁じ得るであろうか。

 勇気と忠義と貞節の徳を体現し、英雄たちの輝かしい武勲を余すところなく歌った中世ドイツ英雄武勲詩の最高傑作、それこそが『ニーベルンゲンの歌』なのである。

ホンネ

ジーフリトという英雄がいた。
ハゲネという悪者が卑怯にも彼を暗殺した。
そこで、彼の妻が復讐を果たした。

これまで、『ニーベルンゲンの歌』の基本的な主題はこのように理解されてきた。ハゲネは嫉妬深い小心者であり、ジーフリトの武勲や、その所有するニーベルンゲンの財宝に目がくらんで卑怯な暗殺の挙に出た。またクリエムヒルトの復讐の動機はハゲネへの復讐であり、夫への忠節にほかならないとされてきたのである。そのため、ハゲネこそがこの叙事詩中で最大の悪役であるかのように言われてきた。
しかし、それは物事の本質を見抜く眼力のない、愚か者の言うことである。わたくしは、この英雄叙事詩を精細に検討することによって、驚くべき理解に到達した。それは、『ニーベルンゲンの歌』に秘められた真実を暴き出す、画期的な発見になることであろう。

その1

ことの起こりは、ジーフリトがクリエムヒルトを妻に迎えようと考えたところにある。

「では、クリエムヒルトを迎えよう、
ブルゴントの国の美しい姫であって、世にたぐいない美人だから。」
(詩節48-49)

どうでもいいことだが、まだ会ったこともない相手を、美しい乙女であると聞いただけで結婚相手にしたがるというのも、ずいぶん単純な思考回路である。本当は美人でなかったらどうするのであろうか。
しかし、63歩ほど譲って、それは言わないことにしよう。誰と結婚したがろうと、それはその人の自由というものでもあるからである。

もっとも、父王のジゲムントは、ジーフリトのこの計画に懸念を表す。ブルゴントもそう簡単には承諾するまい、特にブルゴントにはハゲネという思い上がった家来がいるから、と言ってひきとめるのである。
ジーフリトは応えて言う。

「そんなことがなんで妨げになりましょう。」ジーフリトがいった、
「穏便にたのんで手にはいらぬものなら、
力ずくで申しうけることもできます。
私は国土をも人民をも、確実にうばい取ってごらんに入れましょう。」
(詩節55)

めちゃくちゃな言い分である。
まだプロポーズもしてみないうちから、もしダメなら力ずくで手に入れるなどと言い放っている。それなら、最初から力ずくで奪うのとどこが違うのであろうか。おまけに、奪い取る対象がいつの間にかクリエムヒルトだけでなく国土と人民にまで拡大されている。明白な侵略の意思表示である。

しかし、再び強引に76歩ほど譲って(これで合計139歩譲っている)、これも情熱のあまりの一本気な言動と解釈しておこう。国を奪い取ってでもその美しい姫を手に入れたかったのだ、と考えればまあ一応ほほえましい若武者ぶりでもあるわけである。それに、ジーフリトといえども一国の王子、しかも近隣に類のない勇敢な英雄となれば、クリエムヒルトが求婚に応じてくれる見込みもなくはないわけで、最初から穏便にいけば問題はないのだから、まあとにかく申込みに行ってみなさいと、私たちは一抹の割り切れなさを抱えながらも、ともかく思うのである。

さて、ブルゴントに到着したジーフリトはグンテル王に丁寧に迎えられる。ハゲネも、このような勇士を迎えるのはブルゴントの名誉になると進言している。少なくともこの時点では、ハゲネはまったく思い上がってなどいない。ところで、思い上がっているのは用向きを尋ねられたジーフリトの応えのほうである。

(「……)国元で人の語り伝えるのをききますと、あなたの宮廷には
いかなる王も手に入れたことのない剛勇の武士たちを集めておられる由。
それはよく聞いておりますだけに、
真の手並の程も確かめたく、かくは罷りこした次第です。
(……)
あなたが噂にたがわぬ勇猛の士であられる以上、
この挙が何びとの喜びとなろうと悲しみとなろうと頓着はしません
あなたの所有しておられる国でも城でも、
一切を力ずくで頂戴して、私の所領といたすつもりです。
(詩節107-110)

あのですね。
アンタは、クリエムヒルトに求婚しに来たのではなかったんだっけ? 穏便に頼むどころか、そもそもクリエムヒルトの名が口の端にものぼっていないではないか。だいいち、それが初訪問の自分を歓迎に出てくれた隣国の王に対して、口を開くなり言う言葉であろうか。いったいオマエは何をしに来たのか。求婚しにきたのか、侵略しにきたのか。

当然、ブルゴント側は怒る。当たり前である。グンテルは、そのような振る舞いは騎士道にそむくであろう、と言ってジーフリトをたしなめる。
これに対するジーフリトの言い分はこうである。

「でも私は思いとまりません、」と再びかの勇士がいった。
あなたのお力で、お国の平和が保たれない以上、
私がすべてを統治いたします。……」
(詩節113)

っていうか、オマエが平和を乱してるんだろうが。

聖者の如き寛容をもってしても、こういう男を相手にもはや一歩も譲れないことは明白であろう。譲歩の140歩めは足を踏み外して断崖の底、である。
かくして、ニーデルラントとブルゴントの禍根の根はここに生じたのであった。ハゲネがのちに卑怯なやり方でジーフリトを暗殺することなどは全く些細なことにすぎず、ニーベルンゲンの災いの元凶は、実にジーフリトその人の呆れるべき非常識な性格にあったというべきなのである。

その2

わたくしたちは、前節において、ニーベルンゲンの災いの真の源がジーフリトの非常識さにあったことを確認した。しかし、この明白な真理に対して、なお異論をとなえようとする者があるかもしれない。なぜなら、なんだかんだいってもその後ブルゴントはジーフリトを歓迎したのであり、ニーデルラントがブルゴントを侵略するということもなく、クリエムヒルトとジーフリトもめでたく相思相愛で結ばれたからである。むしろ不幸の原因は、グンテル王の妃プリュンヒルトの思い上がりと、クリエムヒルトとの対立、そしてハゲネによるジーフリトの暗殺にあったのであって、それまではみな円満にやっていたではないか、というわけである。

しかし、それは愚か者の言うことである。なぜなら、そもそも妃プリュンヒルトの不満のたねは、ジーフリトがつくったからである。

イースラントの女王であった美しいプリュンヒルトは、求婚者に対して三種の競技で力比べを挑み、すべてにおいて彼女にまさる者を夫として迎えると称していた。これに反して、女王に挑戦して一種目でも勝てなかった者は、容赦なく殺されてしまうのである。グンテルはよりによってこのプリュンヒルトを妻に迎えたいと思い、はるばるイースラントまで出向く。しかしプリュンヒルトに競技で勝つ自信はないのでジーフリトに相談したところ、ジーフリトは所有する宝「隠れ蓑」を用いて、こっそりグンテルに力を貸すことを約束する。こうして、グンテルはプリュンヒルトに打ち勝つことができた。

要するにずるをしたわけである。

三種目の競技の第一は槍投げであり、互いの投げる槍を楯で受け止めて、倒れないでいられるかどうかを競うものであった。このとき、プリュンヒルトの投げる槍を、グンテルと、隠れ蓑で姿を消したジーフリトが、二人がかりで受け止めている。

そこで凛々しい乙女は、大形で幅広の新しい楯をめがけて、
力をこめて槍を投げた。
……
頑丈な槍の穂先は、楯をつらぬき、
輪をつらねた鎧から、火花が散るのが見えた。
この投槍の威力には、強い勇士が二人ともよろめいた。
もし隠れ蓑がなかったら、二人はその場に倒れ死んだであろう。
(詩節456-457)

というのであるから、グンテル単独だけでなく、仮にジーフリトが単独で挑んでもプリュンヒルトには負けていたはずなのである。一人の投げた槍を、こっそり二人がかりで受け止めて、かろうじて勝ちを拾うとは、まことにインチキな勇者たちなのである。

しかも、グンテルにジーフリトが同行しているという不自然さを隠すために、ジーフリトはグンテルの臣下であると自称してイースラントに入ったのであり、このゆえにこそプリュンヒルトはのちに、王の妹(クリエムヒルト)と一臣下たるジーフリトの結婚を不釣合いではないかとあやしむことになるのである。プリュンヒルトがクリエムヒルトにわだかまりを抱くのはこのためであって、結局、ここでもジーフリトのついた嘘が摩擦の原因になっているのである。

その3

グンテルの妃としてブルゴントに来たプリュンヒルトは、初夜の晩にグンテルを問い詰める。なぜ一臣下にすぎないジーフリトをあれほど優遇するのか、と。そして納得がいくまでは体に触れさせないと宣言するのである。グンテルは答えに窮して無理やりプリュンヒルトをものにしようとするが、彼は本当は彼女より力が強くないので、逆に、怒った彼女に組み伏せられ、縛りあげられて壁に吊されてしまう。
次の夜、グンテルはジーフリトに助けを求める。この男に頼るとろくなことがない、ということをグンテルはまだわかっていないのである。
ジーフリトはまたもや隠れ蓑を使ってグンテルの寝室にひそむ。そして、前日と同じくグンテルを拒もうとしたプリュンヒルトを、力ずくでねじ伏せるのである。プリュンヒルトはてっきりグンテルの力に負けたと思って、おとなしく従った。

すでにこれだけでも相当にあくどいわけであるが、まだ仕上げがあって、ジーフリトはこの機会にプリュンヒルトの指輪と帯をこっそり持ち去るのである。

なぜ、そういう意味不明のことをするのであろうか。まるっきり盗っ人ではないか。この指輪と帯がどうなったかは直接語られていないのであるが、遅くとも第14歌章までにはクリエムヒルトの手に渡っていて、クリエムヒルトがプリュンヒルトを侮辱する材料になっている。こうして二人の妃の決定的な対立が起こり、侮辱されたプリュンヒルトの仇を討つためにハゲネがジーフリト暗殺を決意することになる。つまり、ここでもまた元凶はジーフリトなのであった。

むすび

こうして、わたくしたちは強い確信とともに結論に到達する。ジーフリトとブルゴントの関係の破綻においては、ほぼ全面的にジーフリトのほうに責任があるのであって、ブルゴントの対応はおおむね合理的なのである。それゆえ、クリエムヒルトの復讐心は筋違いであり、ましてやギーゼルヘルやリュエデゲールを巻き込むに至っては、無差別殺人もいいところである。すなわち『ニーベルンゲンの歌』は、この途方もなくハタ迷惑な夫婦の生涯を描いた、壮大なる逆恨みの叙事詩にほかならないのである。

参考:ジーフリトの武勲罪状

おわり

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