千一夜物語 | 物語 | 美しきヅームルッド | 親 | 前 | 次 |
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あらすじ
ホラーサーンの国の富裕な商人「栄光」の息子アリシャールは、父の死にあたって節制をこころがけるよう忠告を受けるが、やがて誘惑に負けて財産を浪費し一文無しになってしまう。貧窮したアリシャールがある日市場の広場に立ち寄ると、そこでは白人の女奴隷の競売がおこなわれていた。ヅームルッドという名のその女奴隷は、所有者の意向により、彼女自身が同意した者に対してでなければ譲り渡されないのであった。教養あふれるヅームルッドはみごとな詩を即吟して気に入らない候補者を退けていたが、アリシャールを見て気に入り、彼が一文無しだと知るとひそかに金を渡して、アリシャールに自分を競り落とさせる。こうしてヅームルッドはアリシャールの妻となり、生活を始めた。 才能にあふれるヅームルッドは見事な垂れ幕を織ってアリシャールに売りにいかせたので、二人はたちまち豊かになった。しかし結婚の一年後、顔見知りでない商人とは取引をするなというヅームルッドの忠告を破って、アリシャールは通りすがりのナザレト人に壁掛けを倍額で売ってしまう。実はその男バルスームは、かつてヅームルッドの競落を拒まれた男ラシデッディーンの弟であり、言葉巧みにアリシャールの家に入り込むと彼に薬を盛って眠らせ、ヅームルッドを誘拐していってしまう。ラシデッディーンはヅームルッドに欲情しており、キリスト教への改宗を迫ってヅームルッドを拷問にかける。 いっぽう妻をさらわれたことを知ったアリシャールは絶望していた。そのときたまたま出会った親切な老婆が、ヅームルッドの居場所を探り出して脱出の手はずまで整えてくれたのだが、アリシャールはちょうどその時間に待ち合わせの場所でうっかり眠り込んでしまう。そこに通りかかった盗賊ジワーンがアリシャールの衣服を奪い、折しもラシデッディーンの邸を抜け出してきたヅームルッドを勘違いさせて連れ去る。ジワーンはヅームルッドを盗賊団の隠れ家の岩山へ連れ込み、盗賊団全員でなぐさむために仲間を呼びに行った。しかしヅームルッドは機転を利かせて見張りの老婆をだまし、隠れ家から逃げ出す。 逃走のため男装したヅームルッドが街道を通ってある大きな都に近づくと、人々が歓呼をもって彼女を迎えた。その都では王が死ぬと、その後その街道を最初に通った者を新たな王として迎えるならわしだったのだ。ヅームルッドは高貴なトルコ人を装ってその都の王の座につき、一年のあいだ善政をしいた。やがてヅームルッドは夫アリシャールを探し出すために、毎月すべての国民を招いて離宮で食事をさせ、その機会に人々を仔細に検分することを思いつく。最初の月、ヅームルッドは食事に来ていたバルスームを見つけてこれを問詰し、死刑に処す。翌月同じようにしてジワーンを、その翌月にはラシデッディーンを見出して処刑した。その次の月、招いた人々の中にヅームルッドはアリシャールの姿を見つける。アリシャールはヅームルッドを探す旅に出てこの都を訪れていたのだ。ヅームルッドはその夜アリシャールを寝室に招いて正体を明かし、歓喜のうちに一夜を過ごす。翌日、ヅームルッドは王座を譲り、アリシャールとともにホラーサーンへ帰還した。 解説
【父の死に際して】 偉大なるアラブの精神の一項に「ドライな人間関係」というものがあるが、この物語の冒頭部におけるアリシャールの態度などはその好例であると言えよう。アリシャールの父「栄光」はいよいよ死期が近づいたことを悟って、枕元に息子を呼んで忠告を授けようとする。 「おお倅や、いよいよわしの天命の終りも間近に迫った。それで、わしはお前にひとつの忠告を忠告したいと思う。」(v4p548) するとアリシャールは応える。 「それはどのようなことでしょう、おお、父上。」(v4p548) 父がもう死ぬって言ってるのに、あっさりと受け止めすぎ。せめて口だけでもいいから「そんな気弱なことをおっしゃらないでください」とか、まずは言ってみるもんでしょうが、普通は。 【一つの忠告】 さてしかし、上記の場面でおかしいのはアリシャールだけではない。再掲しておくと、アリシャールの父「栄光」は死の間際に次のように言った。 「おお倅や、いよいよわしの天命の終りも間近に迫った。それで、わしはお前にひとつの忠告を忠告したいと思う。」(v4p548) そこでその忠告というのをアリシャールが訊ねると、「栄光」は言う。 「(……)決して新しい友達付合いを始めたり、社交場に出入りをしたりするでない。(……)それに、詩人も言った、 詩を三つも引き合いに出して、相当にくどい。しかも、アリシャールがおとなしく聞いていると、さらに、 もう死ぬんじゃなかったのか、あんたは。 【食べる音】 クルド人ジワーンがクリーム飯を食べたときの描写。 彼はたいへんな分量を一掴み引っ張り出してから、これを掌で丸め、仏手柑くらいの大きな球を作って、これをぐるりと廻して咽喉の奥へ抛り込みましたが、その球は凄まじい音をたてて、洞穴のなかの滝さながらに、咽喉に嚥み込まれましたので、離宮の円蓋は、大きな木霊が跳ねつ、返りつ、反響しながら、鳴り響いたほどでありました。(v4p602-603) なんていう誇張であろうか。たかが飯を呑み込む挙措を表現するのに、ここまで大げさな表現を使うであろうか。 【教養あるヅームルッド】 さて、この物語は要約すると美しいヅームルッドの受難と放浪の物語なのであるが、読んでいてどうもそうした悲壮感に乏しいのは、彼女の次のような言葉づかいにも一因があるであろう。盗賊ジワーンにさらわれて岩山の隠れ家に連れ込まれてしまったときのヅームルッドの感慨である。 「こんな際にわが身のことを、こうしてだらしなく漫然と放っておくとは、一体どうしたことでしょう。四十人の穴あけ盗賊どもが、やがて私をめちゃくちゃにし、ちょうど船が海の底に沈むまで水が船を満たすように、私を満たそうというのに、私はやつらがやって来るのを、じっとして待っていなければならないのかしら。(……)」(v4p587-588) 「穴あけ盗賊」なんていう傑作な語彙をどこで憶えたんだこの娘は。 【アリシャールの活躍】 この物語の題名を見ると、ヅームルッドとアリシャールの二人が主人公であるように思えるが、実際には、これは全編ほとんどヅームルッドの冒険を描いたものである。この物語において、男主人公たるアリシャールの振る舞いはというと、 上述のようにヅームルッドはジワーンの手を逃れてから男装の国王となり、かつての迫害者たちに報復を遂げていくのであるが、この波瀾に満ちた一年間、恋人アリシャールのほうは何をしていたかというと、 何をやっとるんだ、いったい。そしてアリシャールは老婆に励まされてようやくヅームルッドを探す旅に出かけるのだが、その時にはすでにヅームルッドは都の王として活躍しているわけである。 この話、どう見たって「ヅームルッドの冒険」とかいう題名のほうがいいだろうと思うんだけど……。 |
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