ミュッセを読む
19世紀前半、ロマン主義の全盛期を生きた天才児アルフレッド・ド・ミュッセ(Alfred de Musset, 1810-1857)は、詩人・劇作家・小説家として、恋人たちの憂愁と孤独、繊細な恋愛感情の動きを追究した真摯な作品を数多く残した。詩と恋に生涯を捧げたこの詩人の霊感の源には、多くの女性、とりわけ才女ジョルジュ・サンド(George Sand, 1804-1876)との恋愛とその破綻という、痛切な経験が脈打っている。
ミュッセ 生涯と年譜
作品概観
詩
ロマン派の寵児として出発したミュッセは、まず第一に詩人であった。初期の詩集『スペインとイタリアの物語』(1830)においてその才気は早くも十分に発揮されているが、ロマン派には必ずしも全面的に傾倒せず、たとえば長詩『ローラ』(1833)においては素朴さを追求し、過度の抒情にはしるロマン派から一定の距離をとった態度を見せている。
しかしミュッセの詩作は、なによりもサンドとの恋愛による傷心を経て頂点に達する。破れた恋を回想する憂愁の詩人として書き上げた『夜』(1835-1837)、『思い出』(1841)などが、恋愛詩人としてのミュッセの名を不朽のものにしているのである。
戯曲
ミュッセはまた卓越した劇作家でもある。ミュッセの戯曲はロマン派のなかでもっともすぐれるとされ、とくに代表作『ロレンザッチョ』(1836)はフランス・ロマン主義演劇の最高傑作の名も高い。しかし、それらの傑作も発表当初は正当に評価されたとは言い難い。ミュッセは初期の『ヴェネチアの夜』(1830)の上演失敗を機に当時の観客の水準に失望し、「安楽椅子で見る芝居(Spectacle dans un fauteuil)」と称する、上演されないことを前提とした散文の戯曲を書きつづけた。『ロレンザッチョ』のほか、ミュッセが好んだ格言劇(le proverbe dramatique)の多くはこれに含まれるが、これらの真価が認められ始めたのは、ようやくミュッセの晩年や死後になってからであった。
小説
唯一の自伝的長編小説『世紀児の告白』(1836)のほか、ミュッセは晩年ちかく、それぞれ六編の中編小説と短編小説を書いた。詩や戯曲に比べると目立たない分野ではあるが、ここでも『二人の愛人』(1837)や『ミミ・パンソン』(1845)など、高く評価されている作品は少なくない。
今回取り上げた作品
| | 題名 | 刊年 | 文献 | 概要 |
詩 |
|
夜 |
1835-1837 |
文献5 |
詩人とミューズとの間に交わされる、恋と孤独をめぐる対話形式の詩。 |
思い出 |
1841 |
文献5 |
かつての恋人ジョルジュ・サンドとの再会に啓示されて書かれた痛切な恋愛詩。 |
戯曲 |
|
マリアンヌの気紛れ |
1833 |
文献4 |
貞淑な女性の気紛れが純朴な青年にもたらした悲運を緊密な構成で描く。 |
戯れに恋はすまじ |
1834 |
文献3 |
交錯する繊細な恋愛心理の綾を真摯に追求した格言劇の傑作。 |
バルブリーヌ |
1835 |
文献4 |
軽妙な恋のやりとりの中に女性の徳の勝利を讃えるミュッセ異色の戯曲。 |
中編小説 |
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二人の愛人 |
1837 |
文献2 |
対照的な二人の女性の魅力と主人公の倦怠感が際立つ傑作中編小説。 |
フレデリックとベルヌレット |
1838 |
文献1 |
パリのお針子と学生の、認められぬ恋の顛末を描いた小説。 |
短編小説 |
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白つぐみ物語 |
1842 |
文献1 |
世に理解されない天才の憂鬱を風刺的に描写するコント。 |
ミミ・パンソン |
1845 |
文献1 |
軽薄だが情に厚いパリのお針子の性格を見事に浮き彫りにした名品。 |
ほくろ |
1853 |
文献1 |
ルイ15世時代のヴェルサイユを舞台に宮廷の内実に迫る物語。 |
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(凡例) 各作品の紹介において、作品の傾向を「心理描写中心」と「事件展開中心」の二つの傾向の割合比として表示しています。
例: |
心理 |
     |
事件 |
心理:事件=3:2 … 「心理描写にやや重点」 |
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文献とリンク
翻訳文献 |
<翻訳文献1> |
『世界文学全集18 ヴィニー ミュッセ集』 (朝比奈誼訳、筑摩書房、1970年) |
…『フレデリックとベルヌレット』『ほくろ』『白つぐみ物語』『ミミ・パンソン』を収録 |
<翻訳文献2> |
『二人の愛人』 (新庄嘉章訳、新潮文庫、1952年) |
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<翻訳文献3> |
『戯れに恋はすまじ』 (進藤誠一訳、岩波文庫、1941年) |
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<翻訳文献4> |
『マリアンヌの気紛れ 他一篇』 (加藤道夫訳、岩波文庫、1954年) |
…『マリアンヌの気紛れ』『バルブリーヌ』を収録 |
<翻訳文献5> |
『ミュッセ戀愛詩集』 (澤木譲次訳、河出書房(市民文庫)、1951年) |
…『夜』『思い出』『悲しみ』等を含む42編の恋愛詩を収録 |
(当特集内にかぎり、翻訳文献を1〜5の番号で略記します) |
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